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1994年6月号
written by 来素果森

古田の故障で風雲急を告げるセ・リーグ

 ヤクルト圧倒的優位かと思われたセ・リーグのペナントレースだが、チームの中でいちばん重要な選手であるといっても過言ではない捕手・古田の思わぬ故障により、(本人及びヤクルトにはまことに気の毒だが)ペナント争いは俄然興味深いものになってきた。西武のここ数年の安定した強さが伊東の存在、及び彼のタフネスぶりを抜きにしては語れないように(数試合ならともかく、一週間以上の長期戦線離脱はない)近代野球において監督の分身とも呼ぶべき主戦捕手の戦いに占める割合は限りなく大きい。V9時代の巨人では王と長嶋ばかりが注目されたが、この二人に勝るとも劣らない勝利への貢献をしたのが森である事はすでに野球に詳しいものの間では常識といってもよく、その森が主戦捕手の育成に全力を注いだのは自らの経験を踏まえた当然の帰結であったと言えよう。一見層が厚いように見える併用制──比較的力量が近い複数の捕手を投手、またはカードごとに振りわけて使う──が実はチームにとってはマイナスである事は、ここ十年の近鉄を見ると明らかである。梨田・有田あるいは山下・古久保・光山と能力のある捕手がなぜか揃うこのチームはずっと併用制をとってきていたが、結果どうしてもあと一歩足りないチームになってしまっている。日本シリーズにおいても、ペナントレースにおいても、なぜか、を詳しく論じていると今回のテーマの主旨から外れていってしまうので触れないが、1+1は2どころか0.8にしかならないという事は知っておいたほうがいいだろう。蛇足ながら昨年の巨人は併用制とはいえない。理由はあえて言わない。

 さて、4月27日現在のセ・リーグの状況は巨人が貯金4つでややリードしているが、あきれるほどはっきりとウィークポイントもさらけだしての勢いだけの勝利だけに、監督も決して楽観はしてないだろう。”古田がケガをして、スタートダッシュに成功する”という巨人の優勝に絶対必要な最低条件を満たしつつある…ぐらいに考えておくのが妥当である。しかし、開幕戦での広島の北別府の絶不調がオープン戦を通じて湿りっぱなしだった巨人打線に火をつけた。もし巨人が優勝するような事があれば第一の功労者は彼であるといってもいいだろう。”きっかけ”や”勢い”とはいつ出てくるものかわからないもので、「もし」は方言・「たら」は魚、共に勝負事とは関係ない…とはいうものの、同じ巨人が勝ったにしても投手戦で2─0位の戦いだったら後の展開は全く違ったものになった事は間違いない。勝負事の面白いところである。勢いは馬鹿にできない。

 しかしながら現在の調子が年間通して続くわけがないのもまた当然の事で、その時どう戦っていくのかのフォローが巨人に出来ているか…やはり出来てないように見える。具体的には(1)守備の充実。バッティングにはスランプがあるが守備にはない。1点を守りきる事が出来る試合があるか。(2)ベンチのインサイドワークの充実。少ないチャンスを生かす為の作戦・ピンチを守りきる作戦。それらが適切に選択出来るか。(3)イキのいい若手の存在。ベテラン組が疲れてきてチームの浮上のきっかけをつくり出せるような若手。といったところなのだが、まず(1)ははっきり言ってひどい。特に外野はすさまじい。松井・グラッデン・コトー (又は吉村)の外野陣ははっきり言って今年の春の選抜高校野球で甲子園に来たどの高校よりもヘタである。特に松井は今の守備力では打で4割近く打たないと帳尻が合わない。地道に守備の練習をするしかないだろうけど…彼は本質的に外野守備のセンスが欠けているような気がしてならない。中日の川又がいくら練習してもダメなように。やはり一塁が一番マシなような気がするが、落合がいるのでどうにもならない。むずかしい問題である。今のままでは松井の打棒がちょっと下降線をたどったら投手はたまらないだろう。もともと内野手だった阪神の新庄がチーム事情によって外野へまわされ、あっというまに守備者としてもリーグを代表する選手になったのとは事情が違うのである。センスの問題であるから。はやめに適所を見つけてあげたほうがいい。

 (2)のベンチのインサイドワーク、これも進歩がみられない。あれほどコーチ陣の手直しの必要性が各方面から指摘されたのに、とうとう改善されないまま新シーズンを迎えてしまった。中軸打者陣に馬鹿にされきっている打撃コーチや、主力投手陣がその正気を疑うような指令を出して無視される投手コーチ。ゴマスリ・出世欲をとったら何も残らないヘッドコーチ。強いて利点をあげれば、選手達が”コーチをあてにしない”事で一丸となったところぐらい。しかし選手が不調になった時のフォロー役がいないのは何とも不安な限り。打撃面では”落合コーチ”がいるからいいか(笑)。

 で、(3)のイキのいい若手。松井がいるではないか、という声が上がるだろうが彼はもう現在のチームの牽引車でレギュラーの座をがっちり獲得していてここでの趣旨とは少し違う(ただし満足なキャンプを送れなかったツケはこの後必ず出てくると思う)。ここで言いたいのは、チームが中だるみになった時にあらわれ、レギュラーに「ウカウカしてるとポジションが危ないぞ」と思わせるような選手の事である。内野でも外野でも守れるような。こういう選手が見あたらないのが結局去年も一年中打撃が低調だった原因のひとつで、つきあげがないので刺激がなく、結局打者総くずれのままシーズンが終わってしまった。今年も残念ながらいい若手が見つからない。期待の吉岡にしても肩の故障の経験者でファースト以外はまともに守れない、とあっては刺激にならない。大森も何をしているのか。

 結局今年も投手陣に頼った戦いを展開していく事になるのだろう。斉藤・槇原・桑田の調子次第、というややアテにならない予想しかたてようがない。オールスター前までに二位に6ゲーム差をつける事が優勝へのノルマ。夏場以降踏んばれないのがこのチームの例年のパターンなので、はたしてそこまで頑張れるだろうか。興味深い。

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