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1994年1月号
written by 来素果森

やはりさすがだった野村と森の日本シリーズ

 素人目には面白いが凡戦が多かった----と思われがちな先の日本シリーズだったが、こまかく見てみると”さすがリーグを制したチーム同士の戦い”とうならされる部分を随所に見つける事が出来る。それは個々のプレーだったり監督の采配だったりするわけだが、今回はそれを振り返ってみようと思う。

 個々のプレーで一番光ったのはやはり第4戦8回表の飯田のスーパーバックホームだろう。バットがボールに当たったと同時にスタートを切れる二死二塁、しかもランナーは俊足の苫篠。誰もが同点と思ったその刹那のホームベース上でのタッチアウト。苫篠のスタートは完璧だったし、強肩・打球に対する判断力・送球のコントロールと全て揃ったこのプレイは公式戦1シーズン通してもめったに見られない素晴らしいものだった。もしこの場面で同点になっていたら後攻めであり三枚の抑え投手を持つ西武が圧倒的有利になる状況だっただけにより価値がある。正にチームを救ったプレーといってもいいだろう。また、第1戦の2回裏、広沢のエラーで4-2と2点差に追い上げられなお無死一、三塁で平野の大飛球を背走してジャンピングキャッチした橋上のプレイも素晴らしかった。抜けていれば二者生還で同点になった上に無死二塁(平野の俊足を考えると三塁まで行ったかもしれない)でクリーンアップ。野球にれば・たらは禁物、というもののこの回西武が一気に勝ち越していた可能性はきわめて高いと思われる。現に次打者の石毛に荒木は一打席め死球を与えているせいか内角をきびしく攻められず、ライト前にヒットを打たれた。この回で西武が勝ち越していたとしたらその後の展開が大きく変わっていただろう。これもまた勝敗を左右する重要なプレイであった。日本シリーズは周知の通り4勝3敗で決着したのだからこれらのプレイがなかったらはたしてどう転がっていたか…。

 去年の、逆転につぐ逆転・延長につぐ延長のシリーズにくらべ、今年のシリーズは延長は1回もないし、逆転劇も第2戦、1回の表に取られた1点をその裏2点取って逆転した西武と、その試合の3回の表に3点とって再び逆転したヤクルトの計二回しかない。この試合も結局ヤクルトが勝った為に7戦全て先制したチームが勝つというドラマ的には起伏のとぼしいものになってしまったが、これはある意味ではお互いの監督の思惑通りで、むしろさすが当代きっての名監督同士の戦い、ドラマのシナリオはあらかじめ彼らが予想した通りに進んだ、といっていいだろう。杉山・鹿取・潮崎のトリプルストッパーを持つ西武に対して野村監督は5回までにリードをしておかないと勝つのはむずかしいと考えただろう。だから必然的に仕掛けは早くなる。第2戦の3回表、郭を一気に粉砕した時の四連打は、広沢が0-2からのファーストストライク、以下ハウエル・池山・秦と全て初球という速攻。安定度ナンバーワンの郭だが、時に大きな試合でまるで魅入られたように打ち込まれる時がある。覚えている人もいるかもしれない。'89年、森西武が唯一優勝を逃した年の事。対近鉄のダブルヘッダーでひとつ勝てばほぼ優勝が決まるその日の第一試合、細かい経過は省くが5-1とリードしたその試合で郭はそれだけはしちゃいけない四球を連発して無死満塁でブライアントを迎え、そこだけは投げちゃいけない内角にストレートを投げて同点ホームランを浴びた。その後近鉄が涙の逆転優勝をとげたのは周知の通り。今回のこの場面でも、ベンチや伊東は若いカウントのストライクを狙われている事にすぐ気がついただろうし、池山に打たれた後にマウンドへむかった森ピッチングコーチもその事を確認しに行ったに違いない。それでも次の秦にも初球を打たれた所に、郭の持つ、何か業(ごう)のようなものを感じる。あのコントロールのいい郭がボールすら投げられなかったのだから。もちろん野村もそこまで読んで仕掛けたのではないだろうけど、結果としては実にあざやかにはまった。

 一方、森監督もまた5回までが勝負、と考えていた事は想像に難くない。ペナント後半、特にマジック1になって以降の試合ぶりに象徴されるように、後半のここぞという場面でのタイムリー欠乏症。秋山・清原は勝負弱く、37歳の石毛は後半はどうしてもバテる。今シリーズでも石毛は欠場した4戦以外の6試合で第一・第二打席では10打数5安打の5割、と打ちまくったがそれ以降の打席では13打数2安打で打率にして1割5分強、と大きく落ちこんだ。特に第7戦の最終回、先頭打者として出てきた時の力無いスイングによるサードゴロは確実に年齢を感じさせるものだった。思い出すのは'86年、史上初の8戦までもつれこんだ日本シリーズ西武-広島最終戦。最終回、1点リードされた広島の先頭打者はやはりチームリーダーの当事40歳の山本浩二だったが、あっさり打ってサードゴロ。その時の山本浩二に今回の石毛の姿がダブってしょうがなかったのは私だけではあるまい。何としても塁に出てやろう、という気迫も枯れてしまったその打撃ぶりが逆に印象深かった。デストラーデの不在はペナントレースよりも日本シリーズに影響が大きかった、といってもいいかもしれない。第1戦、2点ビハインドの7回から西武が出してきたピッチャーが杉山でも潮崎でも、新谷ですらなく藤本だったところに森監督がいかに打線に期待をかけていなかったかがわかる。わずか2点差、3イニングで2点ならウチの打線ならなんとかなる、と考えたならここで藤本はないはず。捨てゲーム、といえば言い過ぎだが諦めがなかったと言えばウソになるだろう。もちろん、藤本が打たれたという結果論からいうのではない。

 ゲームの流れがそれぞれの監督の思惑通りであり、監督同士の力量が接近している以上、後は純粋にチーム同士の戦いになる。1・2戦の工藤・郭があれだけ不調ではいくら森監督でも打つ手がないさ、と西武の一方的自滅を敗因に挙げる人もいるが、それは荒木・西村も同じように全くの不調だった、という側面を忘れた一面的な見方である。むしろ、投手があれだけ不調でも大量失点をふせいだ事のほうが注目されなければならない。1戦でいえば前述した橋上のプレイや、2回表に4-1とリードされなお一死満塁で広沢が打ったセンター前に抜けるかと思われた強い当たりをほとんど二塁ベースの左で取って併殺を取った奈良原の守備。それらは正に強いチームゆえのプレイだった。野球において投手力が非常に高いウエートをしめる事は言うまでもない事だが、その投手が不調だった時にいかに失点を防ぐか…それは守備力や作戦能力だったりするわけだ。そういった面での強さを堪能させてくれた今回の日本シリーズはやはり面白いものだった。次回はストーブリーグを熱くしたトレード・FA・ドラフトを取り挙げる予定だが、その次の回では監督論をやる予定。乞御期待。

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