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2000年5月号
written by 来素果森

清原再生の可能性を考える(1)


 子供の時から野球好きで、今年25才になる筆者の友人がしみじみと洩らした事がある。

『上の世代のオヤジたちのグラウンドのヒーローが長嶋だったように、オレ達には清原だった。しかし…』

 友人はそこで言葉を切った。そして、それ以上は語ろうとしなかった。しかし、彼の語らなかった部分の気持ちはよくわかる。

清原はいったい、どうしてしまったのか。

 『不況サラリーマン仰天1打席244万4444円なり!このリストラ時代やっぱり”名より実力”か…』

 日刊ゲンダイでも週刊ポストでもない、99年10月19日の報知新聞の一面キャッチである。この244万4444円という数字は、日本テレビ社長氏家某の「清原は代打でいい」という発言を受けて、この時点(99年)の年俸3億3000万円のまま全試合(135試合)代打で出場したら1打席この値段になる、というまあこの新聞らしいレベルの低さ丸出しの記事であるが、それにしてもいわば自社媒体、ジャーナリズムとは無縁の実質的には宣伝紙である報知が、身内とも言える巨人軍選手をここまで貶(おとし)める紙面づくりをするのは珍しい。報知を定期購読している、又はしていた人はよく知っていると思うが、この新聞はオフシーズンになるとおそらく親会社の意向を受けてなのだろう、来季の年俸でモメそうな選手を批判、又は親会社側の見解を一方的に報道して世論づくりをしようとする事がよくある。斎藤が連続20勝を達成した年に、ナベツネの”イヤなら出てけ”を大々的に取り上げてあたかも斎藤が不当な要求をしているかのように情報操作をしようとしたのを記憶している方も多いだろう。やや蛇足ながらつけ加えると、巨人が”銭ゲバ”と馬鹿にされるのはこういった事をするからである。ドラフトやFAは裏金も含めたカネの力にモノを言わせ、自軍の選手の正当な要求に対しては恫喝をもって応える。もし、巨人が信念として「日本のプロ野球選手の収入はたとえばメジャーリーガーのそれにくらべて低すぎる。もっと支払われてしかるべきだ」と考えて金をつかっているのなら、このようなふるまいは到底すまい。さらにつけ加えるならば「では、球界全体が繁栄して、全ての選手が正当な報酬を得られるようにするにはどうすればいいか」という視点も必ず出てくるはずである。ところが…。

 話を清原にもどす。86年、高卒新人としてデビューした清原は、新人最多本塁打タイの31本(高卒としては現解説者、西鉄・豊田泰光の27本を超えて新記録)を放ち、同時に打率も.304と大卒や社会人卒も含めた新人初の3割・30本を達成した。ちなみに、その後もこの数字をクリアする新人は出ておらず、日本のプロ野球でただの記録である。:当然マスコミの加熱ぶりもすざまじく、『王の本塁打記録を抜くのは確実』だとか『二リーグ分立以降、野村・王・落合・ブーマー・バースにつづく6人目の三冠王は間違いない。問題はそれを何歳で獲るか?史上最年少三冠王の可能性はきわめて高い』などと騒がれた。去年の”松坂フィーバー”に勝るとも劣らないフィーバーぶりで、事実底知れない期待と可能性を想像させたのだが。

 一般的に、球史に残るような大打者のバッターとしてのピークは30代前半におとずれる。何人か挙げてみる。

 落合 30歳で3年連続3回めの首位打者を獲り、31歳は無冠に終わるも32〜33歳は    二年連続三冠王。

 王  30歳時9年連続本塁打王と打率の二冠。31〜32歳本塁打王+打点の二冠。33歳で三冠王。

 野村 30歳で5年連続6回目の本塁打王及び4年連続の打点、更に首位打者も獲り戦後初の三冠王。31〜32歳は本塁打及び打点の二冠。打率は共に3位。33歳本塁打王。

 長嶋 30歳で5回めの首位打者。31歳は無冠に終わるも、32〜34歳3年連続打点王。

 充実ぶりが御理解いただけると思う。ところが清原はしぼむ一方だ。昨年はケガもあって仕方がなかった部分もあるが、その前の2年、30〜31歳時もかなりひどかった。全く実りの少ない3年間だたと言えるだろう。タイトルも三冠王どころか、ひとつも獲れないままここまで来てしまった。環境を大きく変える、チームを移るなどの荒療治がなければ、再生は不可能なのではないか。このままでは悲しすぎる。

 西武時代はそれでもよかった。たとえタイトルに手が届かなくても、西武黄金時代の立役者のひとりは間違いなく清原だったから。しかも、トータルの数字では僚友の秋山やデストラーデに劣っても、試合を決める場面なんかでの勝負強さは間違いなく上だった。その意味で、清原は一時代をつくった、と言ってもいいだろう。ところが95年、清原28歳の時から状況は一変する。チームの監督も森から東尾へと変わり、優勝もオリックスにさらわれたこの年に清原は.245と大きく打率を落とす。そして何より、チャンスに弱くなってモロさが目立つようになってきた。その後基本的にはその状態のまま今に至っている。清原が抜けたとたんい西武はV2を達成、巨人が銭ゲバと笑われながら優勝を逃し続けるという皮肉さも加わって、なおの事風当たりも強くなっている。巨人にFA移籍した時に、これで清原の復活間違いなし、と予想した某三千本安打の評論家もいたが、筆者はそれはきわめて考えにくいと思った。残念ながらそれは敵中してしまったようだ。

 99年の清原の数字を分析すると、前述したようにケガの影響もあって悪いのは仕方ないのだが、とにかくモロさ、適応性のなさが目につく。左投手に対しては.296なのに右に対しては.207の極端な差。松井が右に.308で左に.298、高橋が右に.323で左に.303というように一流の打者は当然得手不得手はあるにせよ、相手が右か左かだけでそんなに極端な数字差は出ないものだ。当面のライバルは江藤も右.296左.278、マルティネスも右.327左.319である。2ストライクをとられてから、要するに2-0・2-1・2-2・2-3のカウントからの打率もわずか.121。追い込まれての打撃だけに誰でも数字はよくなく、松井.200、高橋.228、江藤.229、マルティネス.227であるが、それにしても一割台前半では、ストライクひとつとられてファールを1本打ったらもうその打席はピッチャーのバッティングなみの期待しかできないというわけで、頼りないことおびただしい。ベンチのため息が聞こえてきそうである。

 率直に言って現在の清原は、巨人の首脳陣がもっとも期待していない戦力ではないのか。活躍は見込めないし、さりとてベンチに置いておいたら批判と嘲笑の的になるしで、今年も開幕前にケガをしてくれてむしろありがたかったというのが本音ではないだろうか。あまりに寂しい現状である。それでは、復活はあるのか、あるとしたらその手立ては何か、というところを来月号考えてみたいと思う。このまま野球人生が終わってしまったら、デビューした時とは全く反対の”特異な締めくくり”になってしまうので。(この項つづく)

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