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1999年8月号
written by 来素果森

ロシア革命とカリーニン


 今から75年ほど前の一九二四年一月二十一日、ロシア革命指導者レーニンが没し、やがて後継者の地位を勝ちとったスターリンが共産主義とは名ばかりの、おそるべき全体主義的恐怖政治を行ない、ロシアのみならず東欧の人民にも多大なる苦痛と損害を与えた、というのは今ではよく知られている。が、スターリンは実質的にはもちろん比べるものなき権力者であったが形式的には”人民委員長会議長(首相)”であって、国の元首は”中央執行委員会議長”であるカリーニンであった。カリーニンは一九〇五年の革命に参加し、大戦中は反戦運動をおこなってシベリアに追放されるなど活動家としては本領を発揮する事ができたが、政治家、又は理論家としては格別の手腕や理論はもっていなかった。ただすこぶる人柄がよく、とくに農民のあいだに人気があったので、スターリンの暴政により農民のあいだに不満が高まったときにはいつもその説得役につかわれていた。そしてこの元首の地位はまったく飾りものにすぎず、レーニンもスターリンにもきわめて忠実だったので、死ぬまで二十八年元首の地位にあった。

 さて、いきなりソビエト史のおさらいからはじまって???な方もいるだろう。カンのいい方はハハン、と思われているだろうが。そう、今回は長嶋監督の存在理由について論じてみたい。

 『そんな事簡単じゃないか。日本のプロ野球の進歩や発展など全く興味なく、ただ、自分のところの新聞が売れる事だけを願っている某オーナー氏が、監督としての能力はゼロでもとにかく人気がある、その一点にのみ存在理由を見出して起用しているからでしょう』

 半分は当たっているが、実はこれだけでは合格点はあげられない。なるほど、前回の監督解任時には何十万部も部数を落とし、(専売店など)現場が悲鳴をあげた、というのはあまりにも有名なエピソードである。しかし、現実的に考えればわかる事だが、だからといって死ぬまでやらせるわけにはいかない。そういった反動は二度目の監督就任を依頼した時から織り込み済みだったと考えるほうが妥当だろう。

 ではなぜか。ズバリ言ってしまうと、93年からの第二期長嶋政権というのは、何よりも狂ったFA制度導入とドラフトつぶしのためにつくられたものなのだ。そして、その目的が達せられた今、オーナーは何とか円満に長嶋監督を辞めさせる事だけを考えている。この構造と状況に気がつかないと、正しい認識にたどりつく事は出来ない。詳述しよう。

 巨人の優位と黄金時代というのは、常に”カネを積んだもの勝ち”が前提としてあった。新人獲得は言うに及ばず、先日亡くなった別所毅彦氏を南海から引き抜いたいわゆる「別所事件」など、資金面での優位さを活かしてのその人材集めはもはや伝統だったといっても差し支えないだろう。もちろん、V9の時代ごろまでは巨人の野球自体も他のチームの野球にくらべて進んでいた事は疑いようもないが、それが活きたのも人材面での強味があったからこそ。いくら野球が進んでいたからといって、王又は長嶋が他のチームに入っていたら、V9は不可能であった、というifに異論のある人はいないだろう。ところが、ルールが整備されて他のチームの選手の引き抜きが不可能になり、さらに、ドラフト制が導入された事によって人材の配分が12球団均等になってくると、巨人の絶対的優位はみるみるうちに溶けてなくなってしまった。80年代以降が西武の、次いでヤクルトの時代だった事を否定するものは誰もいないだろう。西武は主として組織の力で、ヤクルトは主に監督の能力でそれぞれ一時代を築いた。おさまらないのは巨人である。当然敗因の分析はしただろう。そして、その結果選ばれた手段は正に”悪魔の選択”だった。すぐにでも組織を立て直し、正攻法でより強くあろうとするのではなく、90年代は捨て、新世紀以降の常勝チームになる、という戦略を選んだ。それが、前述のFAとドラフト改悪である。すでにこのコラムでも何回か取り上げているように、メジャー、アメリカ大リーグにおいてはこの2つの制度は出来るだけ各チームの戦力を近づける、というベクトルになっている。ドラフトは完全ウエーバー(前シーズン最下位のチームから順に指名していく)だし、FAで選手を失ったチームのドラフト指名権をもらえる。たとえばAチームのBという最上級の選手がFAでCというチームに移ったら、AチームはCチームのドラフト一位指名権をもらえるのだ。ひるがえって日本の現在のシステムはどうか。いかに狂っているかがわかるだろう。両システムともカネを積んだもの勝ちで、戦力均衡の思想などどこにもない。FAで選手を失った側のチームが得るものは、どうにもつり合わない二軍クラスの選手かカネ。要するに、選手が入ってくるほうのチーム〜ほとんど巨人だが〜からみると、昔の別所事件の時と同じくカネで引っこ抜いてくるのと全く違わないのである。まさしく世界に類のないシステムで、腰抜けや良識に著しく欠ける人物が多数を占めるオーナー会議ぐらいならばゴリ押しで通せるかもしれないが、とても世論を納得させる事は出来なかっただろう。そこでオーナー氏は考えに考えた。世論の反発を出来る限り避けてこのシステムを導入するには、以下の条件を満たす人物を”チームの顔”とも言うべき監督にすえた上でごまかしつつやるしかないだろうと。

 (1)大衆に人気があること。しょせん、と言っては差し障りがあるかも  し  れないが、同じ行為でも矢面に立つ人物が大衆に人気があるかどう かで民意は大きく変わる。

 (2)(上の指示に)忠実であること。自らの見解や良心に従い、異議をとな えるような人物では困る。特に、これほど狂ったシステムに対しては自分の頭でものごとを判断する人間だったら当然疑問を持つだろうから、イエスマ ンでないとつとまらない。

 (3)監督として無能であること。実はこれが一番重要かもしれない。このFA・ドラフト制度は、カネのあるところに続々と能力ある人材が集まってくるシステムである。普通の能力を持つ監督がそのチームを率いたら、おそらくこの静テムが崩壊するまで優勝を続けるだろう。既成事実として固定されるまでは、あまり勝ち続けては問題がある。必ず見直し気運が出てきてしまうから。なるべく無能なほうが望ましい。

 なるほど、たしかに長嶋監督以外に当てはまる人はいまい(笑)。また、今回ソビエト史のおさらいからはじめた理由もわかっていただけただろう。スターリンがカリーニンを選んだのとほとんど同じ存在理由で長嶋は監督に選ばれたのだ。(1)の人気、(2)のイデオロギーが大きく変わっても上に忠実なスタンス。(3)はちょっと違って、スターリンは有能な人物を飾りとはいえ自分より上の地位に置かなかったのが主な理由である。結果は同じだが。流石に若い時は共産党(主義)にかぶれていたオーナー氏である。手法が同じだ。 (この項続く)

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