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スパイ事件について─その(2)─
予想通り、かつ予定通りというか、スパイ疑惑問題の解決はきわめて曖昧なカタチで決着がついた。選手及び現場に対しては実質的におとがめなしで、フロントサイドにペナルティというのは論理的には全く破綻かつ矛盾しているが、現実的に考えるとこれ以外の解決方法は見当たらりそうにない。決定的な証拠が見つからない限り選手を罰するわけにはいかないだろうし、先月も書いたようにもともとプロ野球界では”当然のように行なわれていた事”なので、今回たまたま表面化したからといってその選手のみ罰するのは著しく公平を欠くだろう。もちろん最近は下火になっていたとはいえ、である。その意味で、今回のスパイ疑惑問題の解決方法に異議はないが、いわば副産物として出てきた”サードベースコーチから打者への情報の伝達の禁止”や”ベンチ、走者から打者へ相手投手のクセ・バッテリーのサインを教える声を出さないこと”などという「パ・リーグ監督宣言」は、高度な技術をもって戦う事が義務づけられているプロ野球界にとって、自殺行為に等しいルールと言えるだろう。先月も書いたように「スパイ行為」と「投手のモーションのクセや捕手の配球を研究して予想する事」を混同してしまうからこのような珍案が通ってしまうのである。今回の宣言をまとめるためにパ・リーグ6球団の監督が、会議を持った。宣言を出すにあたって最後まで強硬に反対したのは西武の東尾監督であるが、彼の「コーチの能力とスパイ行為は違うもの。コーチの能力が削りとられるのはどうかと思う。野球はチーム全体で戦うものだから、コーチの努力や研究が刈り取られるのはおかしい」という意見は全くの正論だと思う。もちろん、西武にはサードベースコーチとしてその道では第一人者の伊原守備走塁コーチがいるから、とい見方もあるだろう。ただし、それは「どこの球団もやっている努力」である。一番すぐれたコーチを持つ東尾西武がこういう形で一番ダメージが大きいのではたまったものではないだろう。ある意味では筆者が一番おそれていた結果になりつつある。それは、日本のプロ野球のレベルダウンにむかうベクトルでの決着がはかられるという事である。これは深刻な事態だ。いやしくもプロ野球の最高頭脳であるべき監督たちが決めなければいけなかった事は、レベルの低いファンに迎合するような”疑わしい行為はやめよう”ではなく(1)ルール違反の行為と正当な行為を峻別し(2)ルール違反の行為が起こらないための具体的なシ
一度要点を整理すると
<一>投手のフォームのクセをチェックして球種を予想する、あるいは けん制か打者への投球かを判断するという行為は、ごく一部の天才か向上心の全くないプロ以前の選手をのぞけば、ほぼ全員がやっている。特に一流と呼ばれる選手は。
案外誤解している人が<一>は決して現役時代の野村現役時代の野村の専売特許ではない。たとえばトヨタさんこと豊田泰光はこう書いている。
バッティングというのはね、投手の投げる球が分からんからこそ面白いんですよ。その分からんことを練習 や経験を重ねて何とか分かるようになる。このプロセスが楽しいんですよ。これこそ打者の生きがいです。 (週刊ベースボール2/8号)
野村によると、右投手が多い事もあって右打者の適正打率というのは一流の資質を持つものであってもせいぜい二割七〜八分。左打者や長嶋・広瀬といった来た球に対応するだけで三割が打てる天才に互してやっていくには、読みの技術を深めるしかないと言い切っている。更に言うと、二割七〜八分でホームラン20〜30本打てればレギュラーポジションは安泰だし、まわりもチヤホヤしてくれる。何人もの選手がここを終着駅として球界を去っていってしまった。…とも嘆いている。こういった打者はトータルでは数字は残せるが、勝負弱い。それは当然で、勝負処ではだいたいマウンドにいる投手はいい投手だし、細心の注意を払って投げてくる。球種を読み、ポイントを絞らなければそうそう打てるものではない。巨人の次期監督をウワサされるさわやかな笑顔のH氏のポップフライを思い出した人も多いのではないか。逆に、案外知られていないがサヨナラホームランの日本記録を持っているのが野村であるのもうなずける。
話がややそれたが、投手と打者の間にのみ読み合いがあるのではない。世界の盗塁王・福本は主だった投手のけん制のクセは全てわかっている、と新聞記者の問いにあっさり答えている。東尾にだけは苦労したそうだが。また、ある名球界入りした投手は夏でもアンダーシャツを手首まで伸ばしていて、暑くないかと聞かれた時に「アンダーシャツをまくっていると腕の腱の張り方で球種を見破られるから」と答えた。これがプロフェッショナルである。大リーグにおいては尚更で、例えば野村が読みの重要性に気がついたのは通算打率.344、二度三冠王を獲り引退した1960年にも.316・本塁打29本を記録した最後の四割打者、テッド・ウィリアムスの著書を読んでからだというし90年代最高の投手と呼ばれるグレッグ・マダックスがその称号を得ているのは、全く同じフォームから多彩な変化球を投げ分ける事が出来るからである。こういう例を挙げていくとキリが無いが、一般的野球ファンの中には”大リーグは小細工なしの力と力の勝負”というイメージが広まりすぎていて、ただの力の限り投げて力の限り打っていると思っている人が多いが、それはとんでもない間違いである。ついでに言うとスパイ行為ももちろんアメリカが本場で、1976年のヤンキース対レッズのワールドシリーズはスタンドにいるスパイとベンチが携帯用小型無線機でさかんに交信しながら戦ったので、別名ハンディトーキー・シリーズと呼ばれたそうである。大リーグにあこがれている選手は多いようだが、こういった状況を本当に知っているのだろうか。
要点の<二>に触れるスペースがなくなってしまったのでもう一回この問題は次回とりあげるが、今回の騒動がこんなに大きくなった根底には、日本人のプロフェッショナリズムとアマチュアリズムに関する甘美な誤解があるのではないか。やはりプロ野球界を代表する名監督のひとりである、鶴岡一人・前南海監督は他のチームがサインを盗んでくる事を訴えるコーチに「プロがそんな事をするか」と相手にしなかったそうだ。ここにあるべき姿を見い出す人も多いのではないか。 (この項続く)
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