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1999年2月号
written by 来素果森

スパイ事件についてその(1)


 この号が出ているころには”ダイエーのスパイ疑惑問題”にも何らかの進展が見られているかもしれない。決着がついているかもしれない。しかし、現在までの報道の流れを見ると、果たしてマトモな─完全でないのは当然としても─決着がつくのだろうか、と考えてしまう。何故かって? それはこの問題の歴史や過去、経緯を無視した無教養な認識や問題提起がまかり通っているからである。それも一般人だけならともかく、今や間違いなく球界を代表する選手のひとりである”ハマの大魔人”までデタラメな発言をし、満天下に大恥をさらす始末。バッターが投手を攻略するために次にどんな球を投げてくるかを知ろう、とするとき、外野席(あるいはスコアボード、あるいはセカンドランナー)から双眼鏡でのぞこうとする事と、投手のモーションのクセや捕手の配球を研究して予想する事とは、試験に対するカンニングと勉強ほど違う。そんな事がわからないのでは、野村監督に”野球をとったらただの体の大きい人”と笑われても仕方あるまい。しかし、プロ野球機構の人々も頭の程度は佐々木と似たりよったりのようで「試合中のスコアラーとベンチの接触禁止」などという珍案を出してくるようでは、問題の根は深いと言わざるを得ない。そこで今回は、過去の文献からスパイ問題に関する部分を引用させてもらって、とりあえず読者の方にこの問題に関する基礎知識を持っていただこうと思う。かなり長い引用であるが、一筋縄ではいかない問題だけに御容赦願いたい。

 週刊朝日昭和56年10月16日号「プロ野球──野村克也の目 日本シリーズ、私のサインはすべて巨人に盗まれていた」より

 V9の巨人のキャッチャー森にジャイアンツのスパイ作戦を問い詰めたことがある。森もユニホームを脱いで時間がたっていたので、「おまえのとこは、うちのサイン、みなわかってたらしいな」と聞くと、巨人は四十年ごろから「のぞき」をやっていたと、森がしぶしぶ認めたのである。その話を聞いて私は二つのことを思った。ひとつは、そんなに昔からやっていたのかということ。もうひとつは、そうか、やっぱりそうだったのかという思いである。なぜなら私は、南海のキャッチャーとして、また後にはプレーイング・マネージャーとして、ジャイアンツとは六回日本シリーズで対戦したが、その間、巨人の打者は、まるで次にくる球がどんな球種かわかっているようにうまく打ちやがる。そういう苦い体験をなんどもしていたからだ。(中略)あのころ、コーチの蔭山さんは「巨人のバッターはボールダマに手をださんからなあ」といっていたが、そればかりではなかった。彼らは次の投球を知っていた。私のだすサインは、のぞかれていたのだ。それは私もうすうす感じていた。うまいこと打ちやがるが重なれば、だれしも「のぞき」を疑うだろう。機会あるごとに、ジャイアンツの選手に確かめた。しかし彼らも大したもので、企業秘密はなかなか明かさない(中略)のぞかれていると確信をもったのは、巨人からトレードで南海に来たある選手から話を聞いてからである。森の話はそれを裏づけたというわけだ。ところで、サインを盗む、あるいはのぞくといっても、それなりの手順がある(中略)問題は読み取った球種をどうやってバッターに伝えるかにある。その点もVの巨人はスマートであった。セカンドにランナーがでている場合はこのランナーが伝達役になる。ここまではごくふつうで、スマートなのはこれからだ。ストレートのサインがでると、ランナーは二塁ベースからまずピッチャーの方向へ真っ直ぐ一、二歩進み、それからリードをとる。カーブのサインがでる。右投手で右打者なら、ボールは右の方へ流れるので、ランナーはそれを示すために体重をライト方向へかけ、そしてリードをとる。シュートなら、ボールは打者の左へ来るのだから、ランナーはそのままリードをする。セカンドにランナーがいない場合はセンターの客席にいるスパイが伝達役をした。私が聞いた話では、それは小松(スコアラー)の役目だったそうだ。彼が望遠鏡でのぞいていて、読み取ったサインをベンチへ動作で示す。するとベンチの槌田が、声によって球種をバッターに教えるという話だった。(中略)ともあれ、V9巨人にはいうまでもなくONがいた。チームは、野球をよく知っているし応用力もある選手ばかりである。実力がある上に手のこんだスパイ作戦ができたのだから、強いわけである。スパイ作戦はなにもV9巨人だけのお家芸ではない。外野からののぞきを最初にやったのは、黄金時代の西鉄ライオンズを率いた三原さんのようだ。さる三十年前のことだと、西鉄にいたキャッチャーから聞いたから、三原さんという人の先見性はたいしたものだ(中略)次にスパイ作戦で名を馳せたのは阪急である。(中略)西本さんが監督をしていたころの阪急の話である。西本さん自身は、サインをのぞいて打たせるのを奨励するタイプの人とは思えないから、おそらくスペンサーあたりがたきつけたのではなかろうか。何を隠そう、私自身もスパイ作戦の陣頭指揮をとったことがある。目には目をと思ったのだ。なぜなら、こちらはさまざまなデータを集め打者一人一人の攻略法をコツコツ考え、一球一球に意味のある配球を組み立てるのを生き甲斐にしてきた。それをそっくりのぞかれてたと知ったときは、それこそ涙がでるほどくやしかったからだ。しかし弱小チームは、スパイ作戦を遂行するにも不利がつきまとう。(中略)私はスパイ作戦にはしてやられる場合のほうが多かったわけだが、ルールに反する事ではないし、スパイを責めようとは思わない。それに、スパイ作戦は下火になりつつある。トレードによる選手の異動で、秘密保持がむずかしくなったせいだろう。どうあれ、次にくるボールがわかって打つのでは、バッターのためになるまい。カンニングばかりしていては実力がつかないだろう。もっとも、次のタマがわかっていたら、私だってもっとホームランが打てたかもしれない。そんな気がしないこともないのだが(終)。

 長い引用になってしまったが、以上の事はプロ野球界に長いものにとってはほぼ常識といってよい。ところがマスコミの報道は”世界の王がそんな事はさせないだろう”とか”長嶋が、ワンちゃんがスパイ行為を(する事を)認めるわけがないと言った”などという情緒的で個人のパーソナリティによりかかった関与否定論や、上記のようなこの問題がふまえて来た経緯をすっ飛ばして”今まで清く正しいスポーツマンシップあふれる世界だと思っていたのに裏切られた。王監督は永久追放になっても当然だ”といったようなヒステリックな反応に二分されて、ちっともまともな論議にならない。スポーツマスコミのレベルの低さを証明するような展開になっていると言えるのだが、このコーナーでは次回、もうひとつ文献から引用させてもらってから、冷静に論を進めたいと思う。             ( この項つづく)

 追記 本稿脱稿後、本文中に登場する槌田氏がお亡くなりになりました。つつしんでお悔やみを申しあげさせていただきます。

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