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1998年10月号
written by 来素果森

ライク・ア・ローリングストーン


 先月は中部〜東北地方に甚大な被害をもたらした大雨の影響により一回お休みさせていただいたが、その間に実にたくさんの事件があった。おそらく近い将来、間違いなく”日本のプロ野球監督ベスト3”のひとり、という評価を受けるであろうヤクルト・野村監督の辞任や、巨人・長嶋監督の解任騒動(”日本の〜であろうの部分は読点のあとの部分にはかかっていません)。また、この本が出るころには決着がついているであろう両リーグのペナントレースのゆくえ。書くべき事は沢山あるのだが、とりあえずペナントの事をざっと流して置く。ロッテをのぞいた1位から5位までのチームにほとんど差がなかったパリーグだが、最終的には勝負どころで西口、というエースが甦ったのが西武優勝の原動力だろう。あれほど優位に立っていた日ハムだったが、一旦下り坂になると柱のいない悲しさでズルズル後退してしまい、十中八九手にしていたペナントを落としてしまった。最大23あった貯金が15になったあたりで落合をスタメンに戻してみる、という手もあったような気もしたのだが。結果論、と言われるとそれまでだけれど、それ以外でも下からイキのいい若手を上げてみるなどの何らかの刺激策は執るべきだったろう。後半戦だけで20の負け越しという異常事態だっただけに。ダイエーは最後の5試合全敗が示すように相変わらず勝負弱かった。もっとも、数字はともかくチームとしての強さをもっとも感じさせなかったここがペナントをつかむ事は一番考えにくかったが。近鉄もノッた時の強さとつまずいた時のモロさの落差が解消されない。前回、日ハムの脅威となるのはここだろう、と書いたのは最終的に貯金10〜15ぐらいで決着する状況を想定していたからで、そうすると去年の後半のように近鉄の一気の差し切りもありと思っていたのだが。万年エース候補・高村は今年もカラを破れなかった。完投できるスタミナ・多彩な変化球、と潜在能力は高く期待されるのはわかるのだが、もうローテーション投手のうちのひとりと考えたほうがいいだろう。ストレート、変化球通じてキレがないのが伸び悩みの原因。小林ピッチングコーチが阪神でエースとして活躍していたころ、ローテーション投手に伊藤という投手がいたが、彼によく似た欠点を持っている。伊藤も結局10勝すれば10敗する投手で終わってしまった。もっとも一度ピッチングのコツをつかんだかな、という時期があったのだが、直後のケガで化けそこなった、という経緯もあったので、高村もひょっとしたら…という期待はかけたいのだが。しかし少なくとも今年に関しては彼がA級戦犯である。勝ち負けが反対ならば近鉄は優勝してた4強を食いまくって上位進出を果たした。さすがに自分の手法を持った監督がいるチームは強い、と言いたいところだが来年はFAで木田が抜ける可能性が高く、後半の勢いがそのまま来期につながるかどうかは未知数。星野・野田といった主力は来年巻き返すと思われるが。

 以上の4チームのどこかひとつでもフツーに戦えば、西武の連覇はなかった。特にダイエーなんかはタナボタ的に優勝のチャンスがめぐって来たのに実にもったいなかったと思う。来年以降もそうそうチャンスが転がっているとは思えないだけに。西武は今年強くなかった。しかし、他チームはもっと強くなかったというのが今年のパリーグのペナントレースだったと思う。

 横浜のバクチはいい目が出た。前監督・大矢の功績を認めないわけではないが、思いきった監督交代がこの結果に結びついた。勝ち方も、天王山の中日戦をことごとく勝つなどまず申し分ない決め方で、ヤクルトや巨人のつまづきに助けられた部分はあるが、38年ぶりのVにふさわしい立派な優勝であると言えるだろう。佐々木の去就が気になるが。

 それぞれの優勝チームについては日本シリーズ後にもう一度触れるが、戦い方の基本的構図としては横浜打線VS伊東、というのがひとつのみどころになるだろう。脂の乗りきった横浜打線をどう封じるか、若いピッチャーが主体となるだけに伊東にかかるウエートは大きい。ただ、西武からすると去年のヤクルトよりははるかに戦い易く、またそれだけに負けられまい。去年はたしかにチーム自体大人と子供の差があったし、パのエース、と呼んでもいい西口をもってしても正面からぶつかるとやや分の悪い石井(一)という強敵がいた。エースを立てても勝ち星の計算が出来ないことほどやりにくい事はない。その点今年は横浜のどのピッチャー(先発投手)が出て来ても西口のほうが格上である。初戦の先発以降どう起用してくるかちょっと予想がつきにくいが、少なくとも去年のようにアタフタする事はなく、主導権を持ってシリーズに臨む事が出来るのは大きい。反対に横浜は初戦に誰を持ってくるか。一番いい投手を、というセオリーにしたがえば川村だが、西口とぶつかる可能性が高いことを考えると経験豊富で今年内容がいい野村も考えられる。左、という利点もあるし、打者にさぐりを入れるテクニックもある。ただしこれは監督の考え方次第…と言うか、こういうところに監督の野球観が見えてくるので楽しい。はたして権藤監督はどうローテーションを組んでくるだろう。初陣だけに興味深い。

 ペナントとシリーズの話はとりあえず以上として、連載の締めくくりに入る。2回に渡って渡部直己氏を批判してきたわけだが、筆者は別に氏を箸にも棒にもかからないような愚者と評しているわけではない。8月号でも書いたが同じ渡部でも、言論史上希代のデタラメ男・渡部昇一氏などとは全く違った、知性も良識もある方である。そのレベルはとうてい筆者なぞ及ばない事も認めよう。しかしその渡部氏が、なぜあのような─それこそ箸にも棒にもかからないような─デタラメな文章を平気で発表するか。それは多少上段にかまえた物言いをすると、この世代(渡部氏は1952年生まれ)の限界だろう。すぐ世代論で話をくくるのは馬鹿がする事だ、という大塚英志の指摘に筆者は全く同意するが、この場合に限ってはそう断定せざるを得ない。実はこのテーマはこの連載の肝とも言える大テーマなのでいずれゆっくり書くが、長嶋茂雄がプロ入りしたのは1958年、渡部氏が6才のときで引退したのは1974年、氏が22才のとき。多感な(笑)青春期を長嶋とともにすごした渡部氏にとっては長嶋茂雄はカリスマであり、聖域なのだ。それがなんで王や張本や野村ではないかは読者への宿題としておくが。そして、聖なるものに対して人は無力である。他人から見れば滑稽でしかないものが対象であっても。今まではそれでもよかった。日本のプロ野球の事だけ楽しみ、考えればよかった時代には。しかし時代は変わった。ノモやイラブやヨシイやハセガワが活躍し、ジャパンのベースボールが認知された今、長嶋は還俗しなければならなくなった。何故か? 国際標準(グローバルスタンダード)に照らしあわせてその任に耐えないからである。実績が足りなさすぎるからである。それでもしがみつこうとする人々は、滑稽と評されるしかあるまい。 (終)

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