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日本シリーズを振り返る(3)
遅ればせながらですが、明けましておめでとうございます。今年も本当の事をなかなか書かない他のスポーツマスコミにかわって、まともなものの見方によるコラムを発表していくつもりですので、よろしくお願いします。しかし”世界で一番売れている新聞を持つ巨大メディアグループ”の力(干される事も含む)怖さに当然書かれるべき事すらなかなか書かれないこの状況ってのは何なんでしょう。取材者の現場レベルではWオーナーの横暴さやN監督の無能さへの批判を耳にしない日はないのに、紙面では”巨人黄金時代へスタートの年”。某サッカー選手にマスコミがバカにされるのも一面もっともですね。今年はこの状況が少しでも変わる事をおさいせん投げて祈りつつスタート。日本シリーズ編・最終回です。
ピッチャーの継投は、よくチェーンにたとえられます。ひとつひとつが丈夫でも、どこか一ヵ所弱ければそこで切れてしまう…言い得て妙なたとえでしょう。そして、今回の日本シリーズにおいて西武は、正にそのチェーンの弱いところをヤクルトにつかれ負けました。逆に言うと、先月挙げた7人の投手(西口・潮崎・橋本・森・デニー・石井丈・石井貴)はそれほど打たれていません。潮崎はちょっとミソをつけましたが、ヤクルトでも田畑・吉井といったところが打たれたように、この位は当初予想の誤差範囲。これは仕方ありません。むしろ使われ方に問題があったと言えるでしょう。話をもどしますが、この「使える7人」以外の渡辺・新谷といったところを勝負どころに持ってくるというのが12/17号でも触れた”セオリー無視の奇襲”です。これが実力差以上の一方的なシリーズ展開になり、見応えがなかった理由なのです。東尾監督にセオリー通り使える投手をしぼりこんだ上で、奇襲をかけて欲しかった。”セオリーに基づいた奇襲”で戦って欲しかった。具体的には初戦に潮崎を先発させ以後はストッパーにまわし、3・4戦に石井貴・森といった若くてイキのいい投手を先発させるような組み立てをしてみるのはどうでしょう(当然2戦は西口)。もちろん初戦は負けるでしょうが潮崎ー伊東のバッテリーならヤクルト打線にさぐりを入れ、2戦以降に活かせるデータを得る事は出来るだろうし、展開によっては後半は捨てゲームにし、若手投手の馴らし運転やひとりでも多くの使える投手を探すための場にしてしまう、という手もありました。実際そうであったように東尾監督は自軍の頼りになる投手の見極めがつきかねていたのだから、ここでそれが出来ていればその後の展開もまた違っていたでしょう。少なくとも西武球場にはもどれたのでは。
バッティング面でも同じような事が言えます。シーズン中わずか3試合、5打席しか出場しておらず優勝にほとんど貢献していない山田を石井久用としていきなりスタメン、結果が出なければ以降全く使わないという場当り的起用なんかは正に”セオリー無視の奇襲”。逆説めきますが監督が(特に打者において)意外な起用をする時は、必ず結果を出さなければいけません。誰もが納得する起用で結果が出ない場合にはベンチも納得しますが、意外なーセオリーに反したと言ってもいいでしょうー起用で結果がでなければベンチは監督に対して不信感を持ちます。野村監督はこの点においても流石で、シーズン中左対左の不利をさけるためにクリーンアップの稲葉に対して代打・青柳を出す、といった一見セオリーに反した事を時々しましたが、その度に青柳が打つのでベンチも稲葉も納得せざるを得ませんでした。むしろ「流石ウチの監督は違う」と信頼感が高まります。ひるがえって東尾監督ですが、石井久に苦もなく山田がひねられるのを見てベンチが白けきった事は想像に難くありません。野村監督も読んでいたように、両投手の出来が良ければ1点勝負が予想され、そのためには一発の打てる山田を使いたい…という気持ちはわからなくはないのですが、石井久に対してではいかにも荷重。結果論ではありますが、第5戦に代打で出て来たベンバートンが石井久にぴったり合っていただけに、抜擢するならこっちだったでしょう。選手の能力の見積もりを間違ったのでは、ただでさえ劣勢のチームが勝てるわけはありません。その点、西口が右であるにかかわらず、器用な左の秦ではなく一発屋の右のテータムを持ってきた野村監督の采配は適確でした。これは決して結果論ではありません。ゲームでのテータムへの指示も、高めに変化球が来たらまよわず狙ってけでした。この一発による一勝がシリーズの流れを8割方決めたといってもいいでしょう。その位価値のある一発でした。
あと東尾監督に考えてもらいたかったのは佐々木の使い方です。マルティネスがスタメンから外れた第4戦は5番、それ以外は6番と「かえす打順」に組み込まれて最後までバットは湿りっぱなしでした(通算打率1割6分7厘)が、打順を変えてみるテではなかったでしょうか。重宝な打撃技術は持っているものの、元来は自由に打たせたほうが真価を発揮できる田尾8中日→西武→阪神)タイプ。第2戦のサヨナラ勝ちを呼んだ10回裏のヒットも先頭打者としてのもので、思いきって一番にもってきたら面白かったのではないでしょうか。その場合不調の高木大にかわって松井が三番。盗塁が困難である以上、むしろチャンスの場面(ヤクルトにとってはピンチ)に松井のようなバッターが出てきたほうがヤクルトにとってもイヤでしょう。ゲッツーは計算しにくいし、守備体系も変えなければならないしで西武にとっては攻撃の幅が広がります。一番に入る佐々木にしても元々が一番を打っていた打者だし、送りバントで二塁に行ったらワンヒットでホームへ還ってくる脚力は充分に持っています。面白いと思うのですが。過去の日本シリーズにおいても追いつめられたチームがガラっと打順を手直しして流れを変えた事はよくあります。特に西武においては広岡監督の時代、森監督の時代いずれもこの手をよく使っているので当時エースとして君臨していた東尾監督が知らないわけはないのですが…。結局、マルティネスを第4戦で外した以外はほとんど打線の骨格はいじりませんでした。スランプの極にあった佐々木は守備にもその影響が出て、エラーの記録こそつかないものの日頃の名手ぶりからは想像もつかない凡プレーを繰り返し、チームの足をひっぱり続けました。さぞかし不完全燃焼のシリーズだったでしょう。
監督としては3年目で日本シリーズ初出場の東尾監督が未熟なのはある意味当然ですが、12/17号でも書いたように”弱者が強者を倒すための東尾監督なりの方法論”が見えてこなかったのは何とも残念でした。選手にとってもいい経験になったろう、などというのはお客さんに向けて言うセリフではありません。パ・リーグを代表して日本のプロ野球の頂点をめざして戦うのだから、ゲーム自体が説得力のあるものでなければ、観客としても納得がいかないのは当然でしょう。レベル的には比較にならない高校野球だって観ていると面白いです。が、それとは違うプロ野球は存在し、選手や監督は収入を得ているのだから安易にいい経験になったなどとは言って欲しくありませんでした。東尾野球、を見せられなかった事を恥ずかしく思ってほしかった。今年の戦い方で真価がわかると思いますが。 (この項終わり)
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