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素晴らしき巨人野球(3)
先月号の当コラムの原稿はいわゆるお盆進行の関係もあって7月30日に書かれたものである。よって巨人の西山についての記述もその当時のものであり、8月2日の甲子園球場での対阪神戦、8回裏に小野のリリーフとして出てきて乱打され、結果として1イニング10失点という記録的な大量失点をした試合はあの時点では観ていない。そこでその試合を振りかえって、今年の西山の問題点をまとめておこうと思う。先月筆者が書いたことが象徴的にあらわれたのがその試合であった。
この試合で西山は打者11人に対してヒット7本(内ホームラン2本)と文字通りメッタ打ちにあうのだが、理由はほとんどタテの変化球──主にスライダー──が通用しない事に尽きた。投球数42球のうちストライクゾーンからボールになる、振らせる・又はひっかけさせるためのタテの変化球を19球投げていたのだが、そのうち10球は見逃されカウントを悪くし、3球はコントロールミスで打ちごろの高さにきて痛打(2ホームラン及びヒット)された。これでは通用するわけはない。当日試合を観ていた人は思い出して欲しいが、見逃されたボールは九割方キャッチャーも捕れないような大きく外れた球では決してなかった。むしろ主審の手があがってもおかしくないのではないか、というよくコントロールされたボールだった。それでも阪神の打者のほとんどは余裕を持って見送り、注文通り手を出してくれたのはこの日ここまでヒットがなかった、当たってない久慈(空振り)や守備固めの高波(サードゴロ)、打てない事では定評?のある定詰(ショートゴロ)等のみである。この事は何を意味するか。要するに、投げる時から球種がバレているのである。球種がバレる理由には主に三通りあり、(1)クセ球を見破られる(2)サインを盗まれる(3)フォームで見破られる、というのが大体のパターンなのだが、西山の場合は(3)である事は間違いない。TVで観ててもわかる位なのだから、余談だが、以前阪神に工藤という投手がいた。ストレートは最速で135kmいくかどうかだし、変化球も種類こそあれ決め球と呼べるような球はなかったが、全てのボールを同じフォーム、同じタイミングで投げる事が出来たため準エース級として先発ローテーションの一角を占める事が出来た。現役の投手ではオリックスの星野がそうである。もちろん、絶品のカーブはあるもののストレートは120km台。来る球がわかっていれば打てない投手ではないだろう。しかし、パ・リーグの強打者たちが異口同音に言う”タイミングが取りづらく、しかも何を投げるときも同じフォーム”が彼に現役のセ・パ両リーグの選手を通じて最も長い連続2ケタ勝利(去年まで10年連続・今年も9月4日現在で11勝なので11年連続)をもたらしているのである。もちろんバッターは何とかして投手のクセをつかみ、知識として自分の財産にしようとする。それはバッターボックスにいる時だけでなく、ランナーとして出塁している時でも同じ事で、世界の盗塁王・福本は投手が打者に投げる時と牽制球を投げてくる時のフォームの違いの研究に余念がなかったし、モーションの大きい村田(元ロッテ、現ダイエーコーチ)の時はこれ、クイックモーションも牽制も抜群に上手い東尾(元西鉄・西武、現西武監督)の時にはこれ、とスタートのバリエーションがあった。球史に残る名二番バッターの弘田(ロッテ→阪神)は阪神に移籍した年のオープン戦で当時パを代表するエースだった近鉄の鈴木から四球を得て出塁し、さて二塁をうかがおうかと一歩踏み出したとたん矢のような牽制球でアウトになり、ベンチにもどって「鈴木のヤツ、(それまでの)モーションのクセを直してるわ。アイツもダテに生きとらんな」とつぶやいたそうだ。これがプロの戦いである。もちろん、素人目にはわかりにくいかもしれないが、たとえわからなくてもこういった高度なワザがゲームの奥行きをつくり出すのだ。もちろん、イケイケで打ち合う乱打戦も豪球投手同士の息詰まる投手戦も面白い。しかし、ひとつのチームだけで135試合も興行があるのだからそれだけでは飽きられてしまう事もまた確かである。何試合に一試合は15対13みたいな試合もあっていいが、それが毎試合だったら確実に野球というものの面白みはなくなるだろう。いい例が社会人野球である。金属バットの導入により比較的レベルの高い全国大会ですらふたケタ得失点が当たり前になってしまったここでは、あらゆるワザよりも振りまわす事が優先される野球になってしまい、勝ち負け以外には何も見るべきものがなくなってしまった。あたり前である。10点単位で勝負がつくのに、1点をとるために1人が犠牲になるバントをしても効率が悪いし、リスクを背負って盗塁するよりも次の打者の長打を期待するほうがいい。逆に言えば盗塁されてもダメージが小さいのならば、牽制の技術をみがいても仕方ないしキャッチャーの肩が弱くても
……話がそれた。しかし、当たり前のようであるがプロ野球の存在意義は以上のように(アマ野球とは違った)レベルの高い野球を観せるという事である。それにくらべて現在西山はなんと低いところにいることか。前述のエピソードの弘田と鈴木がいるところが富士山頂とするなら、営団有楽町線の永田町の駅ぐらい低いところにいるだろう。もちろん、それが西山の実力であるなら仕方ない。しかし西山は先月も書いたように彗星のようにデビューし、今年もシーズン前はストッパーとして期待されていた投手である。高校出の右も左もわからないようなところにいる選手ではないはずだ。それでなおかつ欠点まるわかりのフォームで投げているようではこれはどうしたって監督・コーチをはじめとした指導者に問題ありと言わざるを得ないだろう。ヤクルトのあるコーチは”ウチに来ればふたケタ勝てる投手だ”と言ったという。その通りだと思う。こういう比較をするのはなんだが、中日を自由契約になってヤクルト投手陣で欠かせない中継ぎになった野中とくらべて、西山のほうが劣っている点を見つけだす事が(頭は別として)どうしてもできない。が、しかし西山は長嶋政権になってからの今までのストッパー(石毛・橋本・マリオ)と同じようにいらなくなった道具として捨てられるのだろうか。多分そうなるだろう。銭ゲバ野球の弊害のひとつである。周知の通り巨人は河野・川口という実績のある投手を買った。そうやって駒を揃えられれば首脳陣は選手を使い捨てできる。再生の可能性を探らなくてもよくなる。長嶋政権になってから、結果はともかくとしても再生を見込んで首脳陣が努力した選手は先のストッパー陣も含め一人もいないと断言できる。全て使い捨てである。
あ、ひとりいた。カズシゲ君が(笑)。 (この項つづく)
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