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1997年9月号
written by 来素果森

素晴らしき巨人野球(2)


 先月は巨人の低迷の原因のひとつである”試合での作戦・戦い方のまずさ”について論じた。もちろん、先月取りあげたのは無数にあった”作戦のまずさ”のうちのひとつの例であり、熱心に─いや、適当にでも─プロ野球をフォローしている人なら前述のような、要するに明らかな作戦ミスがそれこそ見当たらない試合のほうが少なかったのではないか、という筆者の意見に賛同してくれると思う。例えば7月19日の対ヤクルト戦。今月論じる”選手の能力を発揮させる事が出来ない運営のまずさ”との問題ともかかわってくるのだが、攻撃優先の布陣とかの名目で高校以来全く経験がないというレフトの守備に仁志をつかせた。まともに守れるワケがない。バンザイを繰り返し、セ・リーグでは4年ぶりという池山のランニングホームランまで誘発してしまた。常々思うのだが、長嶋というヒトの脳みそには(失敗にせよ成功にせよ)経験を活かす、という回路がないのだろうか。ファースト以外はほとんどやった事のない広沢をレフトにコンバートし、結果として彼をつぶしてしまったのをもう忘れたのだろうか。このような監督の下で働かなければならない選手は全く気の毒である。

 で、今月のテーマである”選手の能力〜”だが、実これには”運営のまずさ”とともに”指導のまずさ”がある。わかり易くいうと「清原をリリーフ投手としてつかおう」というのが前者で「清原を左で打たせよう」というのが後者である。もちろんこれは例だが、投手の起用法や指導を見ていると、この例に負けないようなトンデモ采配がやたら目につく。ここらへんを考えてみようと思う。

 もともとチームの総合力で見劣りするチームならいざ知らず、カネであれだけ選手を買い漁ったチームが最下位にいる一番の原因は、両リーグ通じてダントツの逆転負けの数の多さが示しているように、リリーフ投手陣が結果を出していない事が一番の原因である事は明らかだろう。特に肝心かなめのストッパーが決まらない(指名しても失敗続き)事が大きいのは様々なメディアが指摘している通りである。西山・木田・川口・入来といったところが当初の構想だったようだが一人として任務を全うできなかった。ただし、後者二人についてはもともとそれだけの能力を期待するほうが無理だったと言える。川口は37歳という年齢から来る衰えは隠せなかった。入来はそれなりにいい投手ではあるが、さほどプロ経験のない新人王有資格者でストッパーがつとまるのは最近ではオリックスの平井、古くはドラゴンズの小松のように球史に残るような速球の持ち主と決まっている。入来にはそこまでの期待をするのは酷である。どうしてもストッパーに育てたいのなら、中継ぎで経験を積ませていく必要があるだろう。そうすると、残るのは木田か西山なのだがこの二人が全くといっていいほど働けなかったのはまさしくベンチの頭の悪さである。まず西山だが、今シーズン初登板時のピッチングを見て、筆者は文字通り我が眼をうたがった。馬鹿げて高く脚をはねあげるフォームに改造されていて、しかも球威が減じていたからである。単純にスピードガンの数字だけ見ても、去年は150kmを越えていたストレートが145kmしか出ない。コントロールは少し良くなり、フォークやスライダーの落差は大きくなっていたが、体の開きが早いので打者には簡単に見極められてしまう。ストッパーとしての地位を確立するどころか、二軍落ちしてしまった。どのコーチがこの改造を指導したか知らないがヒドイものである。おそらく自己満足にだけひたっていたのだろう。ピッチングの究極目標であり極意は「いかに相手を抑えるか」である。コントロールや変化球の落差なんてものはあくまで抑えるための手段であり、目標ではない。疾風(はやて)のように現れて、疾風のように去っていったデビットという投手を思い出してもらうとわかるが、彼の変化球、特にシンカーはTVで観た人なら憶えていると思うが実によく沈んだ。ところが日本では全く通用しなかったのは左肩の開きが早く、投げた段階からそれとすぐわかってしまうからである。これでは決め球のストライクの高さからボールになるシンカーに打者は手を出してくれない。カウントを苦しくし、ストライク勝負に行って打たれる──このくり返しだった事を思い出す人は多いだろう。西山の場合も全く同じである。こんな武器にならない球のために球威を犠牲にしたのでは去年よりなお悪い結果になるのもいたしかたあるまい。しかも、ランナーを背負った場面で登板する事が多いリリーバーを、走ってくださいといわんばかりの脚をはねあげるフォームに改造するのはどういうわけだろう。何から何まで不思議である。ピッチャーがピッチャーである本質をつかんでないピッチングコーチというのは困ったものであるが、まあ監督が野球を知らない人だから仕方ないのかもしれない(笑)。筆者がピッチングコーチだったら、西山の腰に注目する。実質的デビューの'95(一軍初登板は'93だが、二試合に三イニング投げただけで'94は一軍登板ナシ)はシーズン途中から出て来て5勝1敗7セーブ、防御率0.55という素晴らしい成績だったが、この年はバネの効いた下半身と強い上半身との間でバランスをとる腰のキレが大変良かった。ゆえに、33イニング投げて四球11とさほど破綻は見せずにすんだ。ストレートにも伸びがあった。去年はこの腰のつなぎが悪く、強い上半身によって150kmは出るが棒球になり、バネのゆれによってコントロールも乱れがちになった。去年前半の惨憺たるありさまはそこらへんに起因している。そして今年、とすればポイントはひとつ…かと思われたのだが。西山が気の毒でならない。

 木田が本質的には抑え投手ではない、という事は過去この欄でも何回か書いている。短いイニングながら連投が要求される抑え投手は体全体をバランスよく使って投げるタイプが向いており、下半身のバネに頼った投げ方をする木田はどちらかというと先発ローテーションに入れて間をあけて使ったほうが能力を発揮できるタイプであると。筆者にとってその見解はいまでも全く変わてないが、木田を抑えに使うのであれば起用法を十二分に吟味する事が必要だったはずである。ところが、あらゆる評論家が口をそろえて言っているように(水野にまで言われている)ベンチの木田の使い方はメチャクチャである。ワンポイント的な使い方をしたり、試合の前半で投げさせてみたり…。おかげで木田は試合中ずっと肩をつくらざるを得ないハメになりすっかり調子を狂わしてしまった。大体、どこで投げさせられるのかわからないのでは気持ちの高めようもない。ナニワ節は大嫌いだが、ストッパーは”ヨシ、この試合俺が引き受けた”位の心意気がなければつとまらない役目である。あの有名な「江夏の21球」で当時の広島・古葉監督は試合が延長になる事も考えて北別府をブルペンへ向かわせたが、これを目撃した江夏が”この試合は俺に任せてくれたんじゃなかったのか”と激怒し、後に広島を離れる事になったエピソードはあまりにも有名だ。これは後に和解したが、このくらいの心持ちでマウンドへ向かうのがストッパーである。もちろん江夏ほどの球史に残る存在でなくても、各チームの監督はそれぞれのストッパーにそれ相応の待遇をする。木田はそういう使われ方をしていたろうか。 

 (この項つづく) 

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