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1997年8月号
written by 来素果森

素晴らしき巨人野球(1)


 今から20年余年昔、'73年に…という出だしで先月の続き(FAとドラフトの問題)を書かなければならないのだけれど、今月は多数及び強烈な(笑)リクエストにより’97年ペナントレース読売巨人軍の戦いを検証してみようと思う。たびたびFAとドラフトテーマは特別に重要な課題。じっくり腰をすえて時間をかけて取り組んでいくのでお許し願いたい。

 さて、日本のプロ野球史上類を見ない大金を注ぎ込み、銭ゲバ野球と嗤われながらも人買いに狂奔し、元四番と元エースを大量にコレクションした読売巨人軍は、7月3日の対ヤクルト戦終了時、ちょうどペナントレース135試合の半分68試合を消化した時点で首位と17ゲーム差の最下位、と誰もが予想しなかった低迷ぶり。以前にも書いたように銭ゲバ野球が効力を発するのは夏場から後半とは言えこれはひどい。斉藤や清原の不調・不振、ヒルマンのサボタージュ(ただし、ヒルマンを責める気にはあまりなれない。理由は後述)等のアクシデントはあったとはいえ、どのチームにも多かれ少なかれ計算違いはあるものであり巨人だけがアクシデントに見舞われたわけではない。ストッパーを予定されたいた高津・4番を任されるはずだった池山がともに不振だったヤクルト。前田・江藤といった主軸が大スランプに陥ったり故障した上に、紀藤・加藤・山崎といったローテーション投手がいまだに浮上してこない広島。大エース今中と昨年の本塁打王山崎、更に中山をはじめとした中継ぎ陣が総崩れの中日。エース斉藤隆と中継ぎの柱五十嵐不在でシーズンインし、盛田も大不調な横浜…。比較的アクシデントが少なかった阪神にしても待望の四番打者があっという間に帰ってしまったりしている。どこのチームも五体満足では戦っていないのである。巨人だけが”故障者が出て気の毒だった”というわけでは到底ない。それではどこに問題があるのだろうか。筆者は大きくわけて次の3点に問題があると思う。一つめには「全体的な視野を欠いたチーム構成のまずさ」、次に「選手の能力を発揮させる事が出来ない運営のまずさ」最後に、「試合での作戦・戦い方のまずさ」である。要するにほとんどの点に問題があるわけなのだが、それを少し細かく検討していってみようと思う。

 まず「作戦・戦い方」であるが、TV観戦の方も含めて今シーズンの長嶋采配に疑問をもたないプロ野球ファンはいないのではないか。攻撃面においても守りの面においても不可解な采配が多すぎる。例えば6月29日の対中日戦。”新四番”の石井が逆転2点タイムリーを放ち2対1でむかえた6回の裏中日の攻撃で、ノーアウト一、二塁で桑田をあきらめた長嶋は、ゴメスに三沢、愛甲に河野とここを勝負どころと見て一人一殺の細かい継投策に出た。これは成功し、ランナーを進めさせる事なく二死一、二塁までこぎつけたのだが問題はここから。右の矢野に対して投入した入来が乱調で矢野に死球を与えて満塁、更に次の樋口に対してストライクが一球しか入らず四球を与えてしまって押し出し、同点となってしまった。中日・星野もここを勝負所とみて左の切り札の川又を代打に起用してきたのだがなぜか長嶋は入来を続投させ、決定的なタイムリー二塁打を打たれてしまった。結果論では決してなく筆者にはどうしてもこの継投策がわからないし、おかしいと思う。なぜ川又のところで宮本を出さなかったのか。筆者はこの試合をTVで観ていたのだが、長嶋がここで宮本をつかわないのはひょっとしたら次のヤクルト戦を睨んでの上なのか、とも一瞬考えた。もちろん、この時点で借金9の最下位なのだからまず五割にもどす事が先決で、ひとつひとつの試合に全力を注いでいかなければならないのだが、巨人が低迷している最大の原因はヤクルトに一方的にたたかれている事(6月29日現在対ヤクルト3勝9敗)なのだから、これに万全なかたちであたるために宮本を温存しているのかと。ここで宮本を投げさせてしまうと次のヤクルト3連戦は岡島が前の日投げていてつかえない為に先発ローテーションは見え見えのガルベス─槙原─斎藤(事実そうなった)になる。野村を迷わせるためにも宮本はつかわないのかと思った。同意はしかねるが、一つの作戦としてはまあわからないわけでもない。しかし、川又に打たれ次打者の左の益田の場面で宮本が出てきたので以上の考えは全て筆者の買いかぶりだった事が判明した。そしてなぜ? の嵐である。自軍の清水が4割打ってた時でも左が出てきたら外す長嶋が、なぜここで入来の続投なのだろう。例えばここで入来を降ろす事にためらいが生じるとしたら(1)入来の調子がすばらしく良く、たとえ打者が左であっても他の左投手を投げさせるよりも凡打に打ちとる可能性が高いと思われる。(2)左を出すと、代打の代打で川又よりもっとこわい右打者が出てくる。のどちらかしかないはずなのだが、このケースでは共にあてはまらない事は明白である。入来は調子が悪いし、川又は中日の、というよりセを代表する左の代打者であり彼を上廻る右の代打などいない。どう考えても投手交替の場面だと思う。試合全体の流れから考えても、中日はこの前の試合まで5連敗でこの後も3連敗と絶不調だったのだろうが、その原因は貧打と中継ぎ投手陣の不調が大きく、巨人サイドから見ればここで同点でとめておけば残り3イニングが、及び延長にもつれても有利に試合を進められたはずだったのだが、長嶋及び首脳陣はベンチで何を考えていたのだろう。もともとコントロールに自信があるわけでもない入来の、死球─四球、そして満塁という状況の中で投げる球は必然的に甘いコースに集まる。ベテランの川又がそんな事に気付かないワケはない。余裕のバッターボックスは決勝打を生み出した。順当と言えば順当な結果であろう。

 サッカーだろうがバスケだろうが、集団で行なうスポーツの中で監督が無能でも許されるのは、彼我の力の差が圧倒的にある場合に限られる。例えばバスケの全米オールスターチームが浅草寿町老人会と戦うのだったら筆者が監督でも問題はないだろう。しかし、もはや日本を代表するスポーツと言ってよい野球の、そのもっとも高いレベルで行なわれているプロ野球の監督の作戦能力が素人以下のものであるのはいかにもいただけない。今回書いた事も読んでもらえばわかるように決してむずかしい問題ではなく、素人レベルの問題である。同じ作戦上の問題でも玄人レベルの問題ならたとえ間違いがあってもさほど非難しようとは思わない。そういうミスはいわば許容範囲であり、あるべき姿から少しでも外れたら目くじらたてて指揮する、というような事はしたくない。あまり繰りかえされるようならばまた別であるが。しかし、許されないレベルのミスは断じて非難されなければならない。観客は「金返せ!」と怒鳴らなければならない。そして、金を払って観る価値のない試合をする監督は、プロの監督たる資格がない。

 シーズン前に野村が言っていた”巨人を倒すチャンスがあるとしたら、監督があの人である事だけや”という発言ほど今年のここまでのペナントレースを言い当てた言葉はあるまい。しかし、その野村にしてもここまで巨人を沈める事が出来るとは思っていなかったろう。監督の差が、そのまま首位と最下位をわけている。                  (この項続く)

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