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再び、FAとドラフトの事
「新しい歴史教科書をつくる会」の悪質なデッチ挙げ事件を糾弾してたり(4月号)ペナント予想(5・6月号)をしてたりしたらえらく間が空いてしまった。申し訳ない。本題に戻る事にする。ただし一言ずつ触れておかなければならない事がある。まず前者、4月号の内容について。いくつか反論らしき投書があった。それ自体は本筋とは無縁の取りあげる価値のないものばかりだったがひっかかったのはいずれの投稿者も小林よしのり「ゴーマニズム宣言」を参考文献としてあげてきている事。ちょっと失礼ではないか。一応筆者も単行本で「ゴーマニズム宣言」は読んでいる。全否定するつもりはないが、まともな知的レベルの人間が信用するものではない事もまた明らかであるあの程度のものを参考にして欲しいというのはどういうつもりなのか。それほど見くびられては困る。大体あの回のタイトルのつけ方からして「ゴーマニズム宣言」をパロってる事がわからなかったのですか? 当然ながら読んだ上でからかっているのである。なるほど、あの本は面白い。全てがデタラメというわけではなく、真実もそれなりに含まれている。しかし残念ながら小林よしのりの知的水準の低さゆえの誤りもたくさん含まれていて、全体的な水準としては決して高いとは言えない。左右を問わず、まともな知的レベルの人間からしたら侮蔑の対象以外のなにものでもない渡部昇一とか小室直樹とかの文章をありがたがっている姿は、まるで映画「ブッシュマン」のニカウさんとコーラびんの関係のようである。あっちは演技だが、こっちは本気なのが気の毒だが。小林よしのりも反論ごとき物を送ってくれた読者も、もう少し立花隆でも読んで勉強したらいかがか。
続いて後者5・6月号。6月1日現在で筆者が優勝候補にあげたチームがいずれも最下位を独走している(笑)。先々にゆっくり論じさせてもらうが、特に巨人については”首脳陣が無能だとは知っていたけどここまでとは”というのが言い訳である。マリオを切った。その是非はともかくとして少なくとも次のストッパーのアテはあるからこその行動だと思ったのだが…。またいずれ書く。パ・リーグのほうは順位予想以外は全て当たっているのが悲しい。ただ、競馬の予想とは違うのだからそれはそれで意味がないわけではない、かと。まあ、言い訳ではあるが。酒井とミラッキが使えず、赤堀が不調なのが痛い。
で、本編にもどる。前回3月号ではドラフトの問題に絞ってとりあげたのだが、基本的には改革案の二大潮流は(1)最下位のチームから優先的に指名していく。戦力均衡のためのシステム、という事を徹底する。(2)完全自由競争にする。その上でルールをつくる(最高契約金金額を定め、それを守らせる監視委員会をつくる等)…のふたつである。どちらもそれぞれ一理ある考え方であって、どっちを取ってもそれが理想通りに展開すれば日本のプロ野球界の発展に役立つ事はまちがいない。一見正反対のように見えるそれぞれの意見だが、目指しているところは同じなのである。ここの所は大事なのでおさえておいて欲しい。そうするとどちらの道をとるべきかは、結局は現状をどう認識し、分析するかという問題になる。(2)の案を主張する巣鴨は現状は”自由競争にしても(特に巨人に)一極集中するような時代ではない。過去の栄光の夢から醒めていない中年以上の男性が騒いでいるだけで、極言してしまえば読売ジャイアンツというのはジジィのジジィによるジジィのための球団であり、若い世代はむしろ違和感や反発を覚えている”と分析する。しかしながら”現在の人気は決して偶然の産物でなく、球団としての努力の結果である事を忘れてはならない”とし、今後は”各球団がそれぞれのやり方でファンの心を掴む努力をするべきである”とする。若い層は別として、現在中年以上の層が支持している結果できあがっている巨人中心主義を打ちやぶるには、それぞれのチームの努力がより重要である。という考え方である。この考え方の裏側には、マトモな経営努力もしないで既得権を活かしてプロ野球界に居座るチームが存在する、完全ウエーバー方式のドラフトなどはそういうチームの経営努力をますます怠らせ(黙っていても有望な選手が指名できる)、結果としてプロ野球界全体のためにならない、という思想があると思う。ドラフトについての考え方は全く異なるものの、努力しない者は去れ、という考え方は豊橋市の恵寿亭華岳も同じである。恵寿亭はドラフトとFAはメジャーと同じ、完全ウエーバー方式+指名権譲渡によるFAで選手が流出したチームに対する補償、という(1)の考え方を支持しているが、同時に次のようにも主張する。
93年、初めての逆指名ドラフトの後、某球団の代表が「ついてゆけない球団は経営をやめればいい」と言ってました。金ばっかつぎこんで勝てないとこですが。
ただ、ある意味でこの一言は正しいですね。
だから機会を平等にしてなお弱いままの球団は淘汰されなきゃいけないし、つねに緊張をしているようにしなきゃいけません(後略)。
要するに、それぞれのチームの戦力(プレーヤー)に関して均衡化はできる限りプロ野球機構が行なう。そのかわり、選手の育成やチーム造り(スタッフの整備等含む)に手を抜くところにはペナルティを与える位の処置をとるべきだ、という事であろう。具体的にどうするべきか、という問題はあるが趣旨はよくわかる。そして二人に共通しているのは”他チーム(主に巨人)の人気にのっかって、マトモに経営努力していない球団がある”という現状認識である。そういう認識がある上での改革案である。
本当にそうだろうか。
実は、はじめにエゴまるだしで、”とってつけた理由”であるのがミエミエなので誰も相手にしないが、セ・リーグの最下位のチーム(6月1日現在)のオーナー氏もドラフト廃止、自由競争復活の主張をする時にこのような認識を示す事がある。もちろん、今回意見を取りあげさせてもらっている巣鴨と恵寿亭は「あんなゲス野郎の口実と一緒にしないで欲しい」と悲鳴をあげたいところであろうがあくまで表面上にあらわれてくる認識としては共通項がある事もまたたしかであるのであえて並べる。その上で再び問うが本当に”より強くある事”を怠っているチームがあるのだろうか。実は、筆者はこの認識は半分は某オーナー氏のようなアジテーターがつくり出したためにするためのデマゴギーであり、半分は幻想であると思っている。プロ野球創世記の昔はいざ知らず、少なくとも現代において経営努力を怠っていて淘汰されなければならないチームなどないし、今後もまず出てこない、というのが筆者の見解である。ただしここで断っておかなければならないのはここで使っている経営努力という言葉はイコール”チームがより強くある事”であり、それ以外の要素は除くという事である。例えば、アメリカの3Aチームが行なっているような様々なサービスデーをつくったりアトラクションを入れたりして観客動員をはかる…といったような事はちょっと置いておく。もちろん、これらも広い意味での経営努力なのであるが。
さて、なぜ”デマと幻想”なのかは次号で。 (この項つづく)
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