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1997年4月号
written by 来素果森

”純粋まっすぐ君”たちの自己破産


 今回はちょっと違う話題から。今春から中学校社会科教科書に登場する「従軍慰安婦」の記述の削除を求めて活動している右翼的団体「新しい歴史教科書をつくる会」(会長・西尾幹二電気通信大教授)が、プロ野球ダイエーホークス王貞治監督を、本人の明確な拒否にもかわらず賛同者名簿に載せて各方面にバラまき(週刊誌や一部新聞等でも見た人もいるでしょう)、本人から抗議を受けていた事が判明した。王監督が「新しい〜」の賛同依頼に対し、ダイエーの村上社長立ち会いのもとで書面をもって「賛同できない」と通知したにもかかわらず(そして名簿公開後に抗議をしているにもかかわらず)、西尾某は「名簿公表直前に、王さんと親交ある会の呼び掛け人の賛同の意志を王さんに確認したのは間違いない」と抗議に対してわけのわからない強弁をし開き直る始末。じゃあ村上社長が見たものはなんだったのだろう(村上社長のコメント『王監督が、お受けできかねるとはがきで明確に返答した事実を確認している』)。万が一郵便事故でそのはがきが不着だったとしても、そのようなはがきを書いた王監督が”親交ある会の呼び掛け人”に「賛同する」と言うわけがない。よくこんな人間に大学教授がつとまるものだ。思想うんぬん以前の問題である。

 おそらく真相はこうだろう。もし王監督が賛同人名簿にのれば”あのアジアの血を色濃くひく(いや、もちろん日本だってアジアなのだがこれはこの際置いといて)王(ワン)氏すら従軍慰安婦の存在を認めてないんだ”という事で宣伝効果バツグンだ。よし、たとえデッチあげでも賛同人名簿にのせてしまおう。どうせ抗議なんてして来ないだろうし、来たら来たで”ハガキは不着だったが、話をした時に賛同してくれるような感触だったのでつい賛同人名簿にのせてしまった。申し訳ない”とでもコメントを出しておけば大した問題にはならないだろう…と思っていたのだろう。ところが、慎重な王は立会人の前で返事を書いた。そうすると、王は賛同への依頼が来たときから明らかに”賛同する意志はない”という考えだった事が証明されてしまう。前記のコメントが通用しなくなり、単純ミスですらなく悪質なデッチあげだった事が証明されてしまう。パニックになった西尾某の弁解が強気をよそおった、その実幼稚園児並みのレベルの説得力しかもたない論理展開になったのは、悪事が露見する時特有の動揺からだろう。最低である。もちろんこの事をもって「従軍慰安婦」の問題について語れる事はない。しかし「従軍慰安婦など存在しなかった」という思想のもとに活動している「新しい歴史教科書をつくる会」の会長および会のレベルは認識できるといっていいだろう。物事の判断力にかなり劣る”純粋まっすぐ君”たちと”思想商売人”がかなり高い割合で含まれている会のようである。でなければ「自分はその思想に与しない」と断言している人間に”同志”の称号を送るワケがない。覚えておいたほうがいいであろう。

 今回の騒動で何より腹立たしいのは、日本のプロ野球界の至宝である王貞治氏をうす汚い売名行為のために騒ぎに巻き込んだ事。韓国や台湾にもプロ野球が生まれた現在、すくなくともアジアのプロ野球では先進国の日本は、よき先達となり、それこそアジア全体のプロ野球を盛りあげていかなければならない立場にある。その際に世界のホームラン王であり日本プロ野球界の至宝である王氏は、その実績からはもちろんその血からも”アジアのプロ野球”の指導的立場に立つのがふさわしい。例えば「アジアプロ野球連盟」が出来るとしたら、会長は王氏を置いて他にはない。現在彼は彼にもっとも不向きな職務について苦労しているが(笑)、そんな小さい仕事(笑)よりも王氏にはもっとやるべき事がこれから必ず出てくるのだ。その時に、国際的にはもちろん国内ですらほとんど通用しないような極右的主張の賛同人に王氏がデッチあげとはいえまつりあげられていたら、間違いなく100%韓国や台湾は王氏を認めないだろう。それはあたかも”アウシュビッツでホロコーストはなかった”と主張する人物を国連事務総長の座にすえる事の同意をイスラエルから取りつけようとするが如くである。それぞれの国の国民世論が許すわけがない。もちろん、王氏自身が本当にそのような思想の持ち主であるならばその事によってその地位につく事が不適当であると判断されても仕方がない。しかし、それはデッチあげによるものなのである。王氏ははっきりと教科書から従軍慰安婦の記述の削除を求める運動には賛同できない、と答えているのである。韓国や台湾の人、今回王氏が名簿に載っていたのはそういう事情であるのでその点はご了承願いたい。こんな事が彼の名前を傷つけるとしたら大変残念である。日本のプロ野球界ではほとんど唯一”世界”に通用する名前なのだから。

 前ふりが長くなった。しかし、この事はFAやドラフト制度の問題に勝るとも劣らない位大きな問題である。いつの日かこのコラムでとりあげることもあるだろうけど、日本のプロ野球が箱庭野球であり、健全な意味でのグローバルな視点を持たない(あるいは持たなかった)ことがどれだけプロ野球の世界を歪めてきたか。以前にも書いた事でもあるが、いまテーマにしているFAとドラフト制度の問題にしてもそうである。どの国でもそれぞれのやり方で、各チーム戦力の均衡が保てるようなシステムを採用している。そういう思想が一番わかりやすく結果に結びついているのがやはりアメリカ大リーグで、文字通りゼロからはじまった新設チームのロッキーズなどがはやくもペナント争いにからむ活躍をしている。既存のチームから、またはドラフトにおいても有能な選手を集める事が出来るようなシステムであったからこそである。そこにははっきりと”共存共栄”の思想がある。そしてこの思想こそが、大リーグ以外の国際的な思想の流れにもなっているのである。日本のように、FA制度がある上にドラフトも実質的には自由競争であり、カネさえあれば思いのままにチーム造りができる──もちろんその立場にないチームには無縁なのだが──なんていう共存共栄の思想からもっとも遠いシステムを採用している国はどこにもない。日本だけである。もちろん国際的潮流から外れているからといっても、それが胸を張れる事ならばなにも問題はない。絶対王政が全盛の時代に民主制を生みだし採用した国家ならびにその国民は誇りにこそ思えど非難に動じるところはないだろうが、現在の日本のプロ野球のFA及びドラフトのシステムは何ひとついいところがない。創成期でもあるまいに、何でそんなシステムに先祖返りしているんですか、と質問されたら返す言葉がない。一人の下劣な、ある落ち目のチームのオーナーが社会的に持つ巨大な権力の横車に押されてこんなお恥ずかしい事になってしまいました、とでも言うしかないだろう。情けない話である。

 KK対決が見られる、という事で巨人の紅白戦には徹夜組まで出たという。巨人にとってはこれは大成功なのだろう。しかし、それはプロ野球界全体では”富の偏在”が起こるだけで、決して全体で繁栄するわけではない。全体としては没落するのである。そしてその時は巨人もそれをまぬがれない。あの下劣な人間に、それがどこまでわかっているのか。                            (この項つづく)

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