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私達は河のほとりに座し、涙した
まずは先月号の訂正とお詫びから。2段目22〜23行目の「清原?来たいというなら仕方がない」といった内容の発言をしたのは、品川球団社長ではなく氏家斎一郎日本テレビ社長でした。お詫びして訂正させていただきます。ただし、氏家氏は自他共に認めるナベツネオーナー様の”盟友”的存在であり、先月号の文意は全く変わらないものである事を書きそえておきます。また「巨人球団や親会社の読売新聞社のトップが発言すればルール上禁じられているタンバリング(事前交渉)疑惑として問題になるが、タテマエ上は球団とは直接関係ない立場にいるだけに巧妙(卑劣)なラブコール」である、といった見解がある事もつけ加えておきます。ついでに言えば、筆者もこの見解に賛成です。
さて本題に入る。このコーナーで先月募集した読者の「FAとドラフト」に対する意見だが、まことに残念ながら現状を是とする意見は皆無であった。できれば論の進め方としては、現状のシステムに賛成であるという論とその根拠を紹介しつつ、その論に反論していくという方法論をとりたかったのだが。しかし、その意味での残念さをのぞけばなかなか力作がそろい、読み応えがあった。便箋やレポート用紙にぎっしりと書かれた文章は、多少テレ臭い言い方になるがプロ野球の発展とレベルアップ、そして健全な繁栄を望む人々の熱い思いを感じられて嬉しかった。いくつかとりあげていこう。まず明石市の岡本健作(文章中敬称略。以下も同)
ドラフト制は最下位が6人指名してから5位、4位…の順に6名ずつ指名する。指名された選手は(意に添わない球団に指名されても)大学野球・社会人野球に進む自由はない。なぜなら、あらかじめプロ入りを目指す選手はプロとアマの機関でつくる協議会のような組織に登録して、ドラフトではそこに登録された選手からのみ指名される事にすればよいからである。
実は岡本の意見は”社会人や大学野球に進む選手は事前に登録して…”という事だったが、それでは登録人数がぼう大になる上に進学や就職に失敗した場合にどうなるかという問題があるので、ちょっと手直しさせてもらった。要するに、ドラフトをより球団間の戦力の均衡化に貢献させようという案である。後半部分は、いわゆる密約破りのための案であろう。
全く反対のベクトルの意見もある。我孫子市の巣鴨トキオは、現在の若い世代は巨人を特別なチームだと認識していない。巨人ブランドに翳りの見えた現在のスカウト状況は、もっぱら金の力に頼っているに違いない…という現状認識から
ドラフト制度は廃止して、その上で規定の契約金以外の金銭等が動くことを防ぐため、監視委員会のようなものをつくる。
という意見を提案している。ただし、その前提として具体的な案はないものの飼い殺しのような状態を作り出さないために活発な移籍市場を作るという考えも付け加えられている。
以上二人の意見は、多少半端なところもあるものの、基本的には現在のドラフトに対する改革案の二大潮流を代表するような意見である。また、巣鴨も少しふれているように選手の”入(新入団)”の問題は”出(FA宣言や移籍)”の問題とは切り離せない。これらをベースにした上で論を進めていこうと思うが、その前に確認しておきたい、根本の問題をくどいようだがもう一度書きとめておきたい。なぜ、現在のドラフトとFA制度には異議を申し立てなければならないのかを。
どんな仕掛け人が仕組もうとも人智の範囲ではあれだけのブームは呼べなかったであろうJリーグのスタート時。それはまさしく社会現象と呼ぶにふさわしかった事を覚えている人は多いだろう。チケットの発売日には前日から徹夜の行列ができ、人気カードのそれは金券屋で数倍の価格で売られていた。デートスポット人気ナンバーワンとも言われた。そして今は…あえて述べるまでもないだろう、魚屋や肉屋に買いにいくのでなければチケットは手に入るはずである。存続が危ぶまれるチームもある。こんな現状を、先日読売巨人軍というプロ野球チームの新しいオーナーになった某はあざ笑った上”企業スポンサーを大事にしないからだ”とののしった。Jリーグのチェアマンをヒトラー呼ばわりまでした。まあ、某の見識及び人格を如何なく発揮した行動であるとは思う。ヴェルディ読売、という名称が正式に使えないので新聞の拡販に不便で、更にテレビ放映権もリーグ一括管轄にされたためにお得意の”マスコミ媒体をフルに使った集中露出による人気獲得”も出来なくなった、という腹立ちはよくわかるが…。他のチームと同じスタートラインにつき平等に競う、というのがよほど嫌いらしいこの某は。それとも”ヴェルディ読売”だったらJリーグ人気はスタート時と全く変わらずおとろえてないはず、と言うのだろうか。大笑いである。もちろん実際は、Jリーグブームがなくなって人気度が今のレベルになっているのは日本のサッカーのレベルがその程度だからである。世界ン十位のレベルでは、人気も当然それに比例する。こんなことはあたり前の事である。世界中どこでも、この法則にあたらない国とスポーツがあったら教えて欲しいものである。アメリカで野球とフットボールとバスケが人気あってサッカーにはさほど人気がないのも、キューバで野球に人気があってサッカーに人気がないのも、ブラジルでサッカーに人気があって野球に人気がないのも全て同じ事である。もちろん、さほどスポーツがさかんでない国や小国で、たとえ世界ン十位でも他のスポーツにくらべるとハイレベル、という場合はまた別だが、日本のような国でサッカーが今の人気というのはきわめて当然…どころか充分すぎるほどの人気なのである。こんな事はよほど頭が悪くなければわかる事である。このコラムでもJリーグが創立当初から「現在の人気があるうちに全体がどれだけレベルアップできるかが勝負で、それに失敗したら先は暗い」という事を書いてきた。こんなのは予言とはとても言えない。石を天にむかって投げて”いつか地上に落ちてくるだろう”というのと同じ位あたり前の意見である。しかし残念ながら某には少しむずかしかったようだ。好意的に解釈すればだが(もちろん実際は、自分の意のままにならないJリーグをおとしめるための卑劣な発言である)。
以上の大前提を忘れないでいて欲しい。そうすれば、自ら日本のプロ野球が没落しないために何が重要であるかがわかる。そう、高いレベルである。野茂の例を過大評価(野茂が通用するなら、○○も通用するだろうみたいな。野茂はあくまで野茂だからこそ通用したのだ)したくはないが、日本のトップクラスの投手が大リーグでエースクラスの働きをしている、という事実は決して軽くはない。どう冷静にみても、大リーグと日本のプロ野球のレベル差は縮まって、追いついてきている。追い越せるかどうかは別にしても、この”レベルの維持・更なる成長”が日本のプロ野球の繁栄のカギである事は某氏も含めて誰も異論はあるまい。さてそのためにはどうすればよいか、が今後の議論の対象となる。今回紹介できなかった人の意見も含めて、次号以降考えていこうと思う。 (この項つづく)
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