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1997年1月号
written by 来素果森

イチローが言いたかった事


 今でも半ば伝説的に語りつがれている、83年の西武対巨人の日本シリーズ。2勝2敗でむかえた第5戦に西武はホームランによるサヨナラ負けを喫し、逆王手をかけられました。抑えの切り札が打ち込まれての手痛い敗戦に、試合後のミーティングに集まった選手たちは誰ひとりとして口を開くものもなく、うつむいてお通夜のような雰囲気で監督の到着を待っていました。苦虫を噛みつぶしたような顔つきでやってくるだろう広岡監督を予想しながら。ところが、監督は笑顔で鼻歌を唄いながら入ってきて、マイクを握って開口一番「ここはカラオケはないのかな?」と軽口。いつもと違った監督の姿にあっけにとられていた選手たちも、意外にも陽気な監督を見てたちまち場がなごみました。それを見てとってから広岡監督は「ウチが負ける要素はない」と切り出しました。「江川は今シリーズ調子がいまひとつだし、絶好調の西本は連投連投で来ているので次に出てきた時には必ず打てる。打者陣のクセや特徴もつかんだ。西武球場に帰っての残り2試合、必ず勝てる」と。いっぺんに元気づいたナインが正に広岡監督が予言した通りの仕事をしたことを覚えている人は多いでしょう。西武球場での第6戦、1点のリードで逃げきるために出て来た西本をとらえた西武打線は、延長戦に入ってから今度は江川を打ち崩して3勝3敗のタイに持ち込みました。勝負はこの時点でついたも同然でした。江川も西本も使えなくなった第7戦はあっさり西武がとって日本一に輝きました。あまりに有名なエピソードですが、この中には”首脳陣とはかくあるべき”というエッセンスが全て詰まっています。選手たちの状況(心理状態等の)を常に把握し、チームの置かれている立場を明確に説明でき、何をすればよいかを具体的に指示する。これが首脳陣のなすべき事なのです。もちろん選手の育成とか試合での指揮といった事はまた別としてですが。残念ながら、巨人の首脳陣はそういった、なすべき事は全くしませんでした。具体的な指示も、勝利へ向けての明確な動機づけも。無能で名高いピッチングコーチHが第3戦後「3連敗は予定通り」と発言し、失笑を買っていましたが、これだってその後に巨人が4つ勝つ理由というのを理論的に説明でき、説得力あふれる言葉で話せるならそれはいいんです。追いつめられた選手たちも少しは気が楽になるでしょうから。しかし、それがなくただ”予定通り”と言ってるだけでは、選手のほうも「またバカが何か言ってやがる」としか思いません。むしろ、心が寒くなるだけでしょう。長嶋監督にまでたしなめられたほ…Hコーチの頭の中には何が詰まっているんでしょうね。

 もちろん、長嶋だって人の事は言えません。決着のついた第5戦の中盤以降、長嶋が選手に向けて怒鳴っていた言葉を知っていますか? 「いいかげんに誰かヒットうて」でした。よくギャグ漫画で、素人の監督が選手にサインを教える時に「いいか、右の耳にさわったらバンドで左の耳なら盗塁、胸のマークにさわったらホームランだ」とかいって選手を全員コケさせるようなシーンがありますが、実践されている方がいるとは思いませんでした。言うべき言葉もありません。ペナントレースで優勝したからこそみな忘れたフリをしていますが、シーズン前半、リリーフ投手が打ち込まれて低迷していた時期に「リリーフ投手を何とかしろ」と怒鳴ってひんしゅくを買っていた事を思い出します。何とかするのはあなたの役目でしょうが。こんな人間が、銭ゲバ野球のおかげでペナントを制し、将来には名監督と呼ばれるのかと思うとばかばかしくなりますが、少なくともこのコラムを読んでいる人達は、この事態を応用して考えて、いわゆる歴史の真実とつくられる歴史の間には激しいギャップがある事を学んで下さい。

 閑話休題。前回もちょっと触れましたが、相手が捨てに来てくれた第4戦に最後の切り札といってもいい木田をマウンドに送り出した時、長嶋は残りの3試合をどう戦うつもりだったんでしょうか。多少無理をして中4日で斎藤を第5戦に投げさせるとしても、リリーフはどうするつもりだったのでしょう。第6戦で投げさせたい槙原はシーズン18回先発して完投は4回。当然、リリーフが必要になると思いますがどうするつもりだったのでしょう。何よりも第7戦は誰を先発させようと考えていたのでしょう。おそらく、というよりほぼ間違いなくなにも考えていなかったと思います。ただ”がんばる”と考えていたのでしょう(笑)。だからこそここで木田をもって来たんだと思います。逆に言えば、そうでない限りここで木田は使えません。とりあえず目の前しか見えないような人間でなければ。

 やはり思い出すのは日本シリーズ91年の広島対西武。2勝2敗でむかえた第5戦に敗れた西武は、逆王手をかけられました。この窮地をどう森が切り抜けるか注目していたのですが、流石でした。このシリーズで最も活躍していた投の切り札的存在の工藤を、ベンチにすら入れませんでした。もし7戦に勝てないならば、6戦で敗れても同じ事、というわけです。鋭い分析と度胸。ダテに名監督と呼ばれているわけではありません。現在のように逆指名+FAで、カネさえあれば好きなように選手が集められる現在とは違い、公平なドラフト制度が生きていて各チームが同じ条件で競っていた時代に、在任の9年中8回優勝という手腕は、自由競争時代に得た2大スター王・長嶋を主力としてV9を達成した川上監督より実質的にはかなり上廻る、と言ってもいいでしょう。それはさておきこの第6戦、終盤まで僅差の競い合いが続きましたが、広島の山本監督は勝をあせって、終盤のピンチに工藤と同じようにそのシリーズの切り札的存在だった川口を投入してきましたが、連投によりキレを欠く川口は決定的なタイムリーを浴び、西武が勝ちました。第7戦、満を持して登板してきた工藤がしっかり抑えたのは言うまでもありません。森監督の体が何回も宙に舞いました。

 昼間からNHKの衛星放送を見ていると、まだ関取でない角力とり(幕下以下)の取組みを放送しています。同じルール、同じ土俵で戦っているにもかかわらず、そこで行われている取組みでは本当の意味での角力の面白さ、醍醐味は味わえません。違った意味での面白さはあるにしても。あらゆる部分で高い能力を持つ横綱をはじめとしたほんの一握りのものだけがそういう取組を見せてくれるのです。ひるがえって、わたしたちが日本の野球界の最高峰の戦いであるべき日本シリーズに期待するものはなんでしょう。選手個々がそれぞれ最高のプレイを見せてくれる事はもちろんですが、ベンチワークにおいても同じではないでしょうか。思わずうならせられる作戦や采配、そういったものがあってはじめて野球の試合の醍醐味が味わえるのではないでしょうか。シリーズ終了後、イチローが「去年(ヤクルトとの日本シリーズ)は守備についていてもプレッシャーを感じたけれど、今年は何もなかった」とコメントしていましたが、それはイコール巨人のベンチは無能であるという評価だといってもいいでしょう。それはその通りなのですが、そんなレベルのチームが日本シリーズに出てくることこそ日本のプロ野球にとっての危機ではないでしょうか。高校野球や大学野球とは違う存在価値を見せてくれるのでなければ。 (この項終わり)

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