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1996年11月号
written by 来素果森

拝啓渡辺恒雄様 ペナントレースは金で買う価値がありますか


 あの伝説とも言うべき昭和38年のペナントレース。西鉄が首位南海との14.5ゲーム差をひっくり返して優勝した時には、誰もが称賛を惜しまなかった。そして今年。それ以来の大逆転を巨人が見せてくれたわけだが、果たしてそれはどう評価されるべきものだろうか。

 豊田 巨人が今後、急激な追い上げで優勝したとしたら、そりゃ喜ぶファンはたくさんいるが、しかしそ
    れは逆にプロ野球界のためにちっともなってないということにもなるんです。 
 張本 それは言えますね。
 豊田 なぜかといえば単に「優勝した」という事柄だけで終わるんです。それじゃなくて「巨人はこういう
    ことをして優勝したんだ」というものを残さなきゃいけない(後略)。
 張本 (前略)ただ、巨人が優勝したとして野球界にとってどうだろう。大金注ぎ込んで他球団から選手集め
    て。これが逆に広島だと、喜ぶ人は巨人に比べて少ないかもしれない。でも、やっぱり練習に練習を
    重ねて叩き上げられてきた選手たちに力だね。野球は練習量、そして団結力なんだなと。これが本当
    の「野球のあるべき姿」なんじゃないですか。
 豊田 そのことは私も、ずっと言い続けてきたことですから。
 張本 そういうものを見せてくれないと、ペナントレースへの興味も半減するというもの。今こそ、あるべ
    き本当の姿を求めてプロ野球の醍醐味を見せてほしいですね(終)。
    週刊ベースボール8/5号より

 少し引用が長くなってしまった。この対談は7/24発売の号に掲載されたものなので、まあ同月中旬くらいに収録されたものであるが、すでにこのころから日本のプロ野球を真剣に考え、愛していたものは(たとえそれが張本のように巨人のOBであっても)いわゆる銭ゲバ野球が跋扈する事を懸念していたのがわかる。そして、仮に─それは現実になったわけだが─巨人がカネの力で優勝したとしても、全く評価に値しないものであるという事も両評論家ともはっきり言い切っている。筆者もその通りであると思う。あるチームの、現役時代バットマンとしてかなり名の知られた監督が、自チームの選手に首位打者のタイトルを獲らせるためにその選手は試合に出さずに打率を維持させ、ライバル選手は徹底的に四球責めにしてマスコミに叩かれた事があった…というよりも年中行事のようによく見られる風景だがそれはともかくとして…がその時、悩む自チームの選手に「どうせ今なんだかんだ言われてもこんな事はすぐ忘れられて、お前が首位打者のタイトルを獲った記録だけがずっと語られるんだから、そんな雑音は無視してタイトルを獲ったほうがいい」と説得し、話題になった事がある。残念ながらそれはその通りであろう。後世に残るのは○年に△×という選手がリーディングヒッターを獲った、という事だけだろう。ごく一部のマニアをのぞけば。それと同じような事が今回の巨人の優勝にも言えると思う。何年か先には、96年のペナントレースは11.5ゲーム、セ・リーグ最大のゲーム差をひっくり返した素晴らしい巨人というチームとそれを率いた名将長嶋という事になっているだろう。大笑いだが、今回は時間がつくり出すそのような虚構ではない、真実というものを書き留めておこうと思う。どのような戦い方でいかにして優勝できたかを。

 当コラムの3月号で引用したように96年の巨人は”ピッチャーを中心とした守りの野球”をテーマとしてかかげた。守っていながらそれが即、攻撃的野球に転じる--意味はとりにくいが、ようするにオリックスの外野陣をイメージしているらしい--ような野球をめざした。一年で公約が変わった事の無節操さはここではくり返さない。が、開幕時、いやそれ以前のキャンプの段階から見せられた96年長嶋巨人野球はとてもそうは見えなかった。相変わらずのレフト広沢が見せる中学生級の美技や、老婆のようなおぼつかない足どりのセカンド仁志の左右二歩ずつの広い守備範囲。更に大リーグ、というより硬式の野球経験の存在すらうたがわしかった是の打ちどころがないサード・マント。素晴らしい守りの野球が楽しめる、と思った矢先にレフトの広沢が故障し、サードのマントがなぜか(笑)帰国してしまったのは実に残念だった。スゴい野球が見られたのだろうが。もう覚えている人も少ないだろうけど、このマントは長嶋監督の強い要望によって獲ってきた選手である。要するに、現在の─優勝時の─陣形は長嶋のチーム構想とは全然関係ない仕上がりになっているのだ。結果オーライというカタチであるにせよ、誤算が次々とよい方に転んでのあげくの勝利というものは、プロとしてあまりほめられた姿ではないだろう。

 投手陣も同様である。中日との宣の争奪戦にやぶれ、ガルベス、マリオというところを獲ったのだが。これが大当たり。ペナントレース終盤戦こそが尽きたものの、ガルベスは先発の、マリオは抑えの中心的存在として活躍した。もし宣の争奪戦に勝ってたら、またはマントがあそこまでひどくなかったら…。勝負事にれば・たらは禁句だが、当初の長嶋の構想、外国人が宣・マック・マント・趙だったら巨人の優勝はあり得なかった。これも監督の構想とは関係ない、結果オーライの世界である。もちろん運だけではなく、たとえ一億円つかってもその選手がいらない、となればすぐ切れるフトコロの豊かさがあるからこそ出来る事でもあるが。(これは非難ではない。一億円払ったからといって使えない外国人選手のプレイをいつまでも見せられるよりはいい)。いずれにしても、戦い方にしても選手起用にしても監督が狙った、または行おうとした野球とは全く違う戦い方で巨人は優勝した、という事実は動かし難いと思う。

 もちろんそれは何も新加入の選手に限った事ではない。ストッパーとして、又はリリーバーとして飛躍、あるいは復活が期待された西山・石毛・岡田・橋本といったあたりはほとんど活躍出来なかった。それも、間違いなく無能な首脳陣による間違った指導並びに使われ方によるという理由で。チームにとって、著しい誤算であったろう。普通のチームだったら当然に沈没しているところだが、ここに救世主があらわれた。言うまでもなく、リリーバーとして大活躍し、8月の月間MVPを受賞した河野と、同じくリリーバーにまわった川口というFAコンビである。先に挙げた四人が愚かなベンチワークと愚かなリードにより全く能力を生かせなかたのに対し、パ・リーグで防御率のタイトルも獲った河野と、ローテーションの軸の投手として135勝という現役屈指の実績を持つ川口は頭の悪い指示なら鼻で笑える位キャリアが違う。100%の確信を持って断言出来るが、この二人がいなかったら例年と同じように8月に巨人はズルズルと後退し、優勝なんて夢のまた夢だったろう。ゼニの力は偉大である。こういう投手を中継ぎで使えるようなチーム編成が楽に出来るのだから。しかしそれは、何回も書いている事ではあるが、プロ野球界全体の事を考えると、百害あって一利なしである。石毛や西山の素材としての能力をうたがう者はいないだろう。それらの選手がカベに突き当たった時、どうしたらその能力を生かせるかを考え、試行錯誤しながらその個たる選手も、プロ野球界全体も進歩してきた。そういう連鎖を断ち切ったツケは、必ず来る。次号以降でもう一度触れる事になるだろうが。

 全ての野球ファンに同意してもらえると思うが、FA組の落合と河野と川口がいなかったら、今年の巨人の優勝はなかった。ペナントを金で買って何が嬉しいんだろう。             (この項つづく)

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