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1995年8月号
written by 来素果森

”銭ゲバ野球”がニッポンのプロ野球にもたらすもの(3)

 先月のこのコーナーで不適切な表現があり、読者の皆様に間違った見解を伝えてしまった事をお詫びさせていただきます。当該箇所は四つめの段落から5行目以降。あたかも長嶋監督の石毛の使い方に立派な見識があるような表現がされてますが、これは完全に筆者の判断違いで不当な持ち上げでした。そのような事実は全くありません。細かく説明する枚数がないので簡単に触れておきますが、6月11日のナゴヤ球場での対中日戦。なれない中4日中4日で来ていた斎藤はバテが著しく、中盤ぐらいから素人目にも明らかなくらい球ばなれがはやくなってアップアップの状態でした。結果的には8回に集中打を浴びて同点にされ、9回には立浪にサヨナラ2ランを打たれるのですが、この試合を見ていた筆者は数日前に書いた、全豪のここの原稿の事を思い出して一人顔が赤くなるほど恥じいりました。たいていの監督は試合開始前に対戦相手のスタメン表と自チームのそれをつき合わせて試合の展開を読みます。長嶋以外の、例えば埼玉県大里村の山田鉄平さんが監督だったら『今日のウチの先発は斎藤。あっちはローテーションの谷間で苦しまぎれに故障上がりの小島。優位に試合を進められそうだ。ただ、斎藤は中4日つづきでバテてる(現にスポーツ紙でもそう公言していた)ので調子を見ながら(投手の状態を見る事に自信のない監督は球数をメドにする場合もある)つないでいこう。たとえ接戦になって抑え投手同士の投げ合いになっても、中日のストッパー古池は前日打ち崩しているのでまあ行けそうだ』と読むでしょう。ところが長嶋はそういう事は考えてもいなかったのでしょう。間違いなくセ・リーグで安定度ナンバーワンの斎藤が、それまでは抑えてきたのに試合の後半になって集中打を浴びるということに対して少しでも前述のような備えをしていればここは交替意以外にはありませんでした。正直、9回にまた斎藤がマウンドに向かうのを見た時、小生は試合の結果と堀内コーチの試合後のコメントまで頭にうかびました。そしてそれはその通りでした。「斎藤はウチのエースだから心中するつもりだった」----わかってないなぁ。いかにもエースを信頼している美しいセリフのようですが、時と場合を考えて使わないとただのたわごとになってしまいます。斎藤が普通のローテーションで来ていればここ続投でいいでしょう。しかしそうでない場合なのですから。選手が働きやすい状況をつくってはじめてまかせられる土壌ができるのです。

 全く同じようなことが5日後ろの対広島戦でもありました。細かな経過は省きますが、槙原が押し出しをして同点なお満塁の場面で石毛を投入したソレです。場内に”ピッチャー石毛”のコールがひびいた時、おそらく石毛本人を含めたほとんどの人が押し出しを予想したのでは…結果もその通り。一言でストッパーといってもいろいろなタイプがいて、制球力とコンビネーションで勝負するタイプの投手はピンチになってからでも出て行けますが(江夏の21球が好例)、球の勢いで押しまくるタイプはイニングの頭から出してあげないとなかなか持ち味を発揮できません。この場面で石毛を持ってくるのは落合を代走に出すのと同じような行為と言えるでしょう。ではどうするか。槙原続投か、他の投手を出すか。たしかにむずかしいところではありましたが、石毛の投入以外の選択肢を選ぶべきだった事は間違いないでしょう。
 と、このような采配を見せられると小生が前号書いた事は取り消さざるを得ません。くり返しおわびします。で、本編へ。

 その後もますます広沢の打率は落ち込むばかりで、とうとう2割1分台まで沈んできてしまった。あの外野守備を考えると3割をかなり上廻ってやっとトントンな選手だけに、お荷物以外のなにものでもなくなっている。何故こんな事になってしまったのか。望まぬトレードで不本意に移籍してきたならともかく、FAで望んでやってきた選手である。故障の話も聞かないし、ヤル気満々で臨んだシーズンのはずだったのだが。結局、つかわれ方の問題に決着するのではないか。

 より具体的に言えば、広沢という選手は年に一度は必ずスランプに落ちこむ選手であるが、トータルでは四番をまかせられる選手である(からこそ大金を投入して獲ったのだろう)。代打を送られるまでの不調さは、このスランプに加えて監督やコーチの無能さによる混乱だったと思う。それは時間をかけて乗り切る以外に方法はなかった。ところが、ベンチはその我慢が出来ずに動いてしまった。かくて広沢が生きかえる時期はますます遅れ、○月反攻のお題目も唱えるだけで一向に浮上のきっかけがつかめない。なんとも悪い流れである。何かきっかけがないと立ち直るのはむずかしいのではないか。なるほど、あの試合は後藤のホームランによって勝った。しかし、広沢の不調が続く事によって落とした試合はいくつあるだろう。人を生かす、という事が出来ないといくら金を使って人材をかき集めても何もならない事がこのことからもわかる。

 野村監督が評論家時代に当時の巨人の王監督の采配を批判して『私なら松本が塁に出たら自由に走らせ(走ってはいけない時のみサインを出す)、篠塚が打席に入ったらヒットを期待し、原が打席に入ったら長打を待つ。秀でた能力を持つ選手はそれを活かすような使い方をしてやらんと』という意味の事を言っていた事がある。脚の速いランナーは塁に出たら自分で投手のリズムを計り、けん制のクセをつかみ、行ける! と判断したところで自分で走ったほうがよい結果が出る、という事である。走る事を強制される盗塁のサインを出され、機械的に○球め、という事で走るよりも効率がいいには言うまでもあるまい。もちろんこれは走ることだけでなく全ての場面に言える事で、選手の能力を見極めてもっとも能力を発揮しやすい作戦・起用法を考える事が監督の役目である。このことを前提にして現在の巨人の打線を考えてみると、オール四番打線の名の通り、その選手の能力を最大限に引き出すにはベンチは動かず、選手の長打力を信じて待つことがベストな手法という事になる。しかしこれではゲームメイキングが全く出来ないので話しにならない。冗談のようだが、巨人の不振の一番の原因はこおにあるのだ。最も選手の能力を引き出す采配は何もしない事。何もしないのでは格落ちの投手ならばともかくAクラス投手はなかなか打てない。プライドを傷つけるようなバント指令(マック)や代打起用(広沢)をするとその選手が死んでしまう。自らの愚かさがまねいた事とはいえ、この八方塞がりは悲劇を通り越して喜劇である。なるほど、これからの試合においてでも打線が爆発することはあるだろう。しかし10対0の2勝が大切、という事を考えると現在の戦い方には問題が大アリなのは疑問の余地はない。ではどうすればいいのか。来月号ではそれではこのチームが優勝をめざすにはどこをどのように直せばいいのか、そして結果それは可能なのかという事を考えてみたい。その事によってより問題点は鮮明に浮かび上がってくるだろう。

 野茂のことはまた。                                   (この項終わり)

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