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1995年1月号
written by 来素果森

なぜ西武は日本シリーズで勝てなかったか(2)

 当然といえば当然の事であるが、過去、日本シリーズを制して日本一になったチームには、例え素人には見えにくくてもプロの評論家にならば指摘できる理屈として説明可能な”強さ”があった。野球を知りつくした監督と選手が組織的に活動した最近の西武や、ID野球という言葉ですっかり知られるようになった野村頭脳でそれを倒したヤクルト、少しさかのぼると今でも語りつがれるバース・掛布・岡田のクリーンアップをはじめとした史上最強の打線で打ち勝った阪神…といったように強さを語る事はさほどむずかしい事ではなかった。89年の巨人は少し強さは語りにくいが、誰もが知っている加藤哲の「巨人はロッテより弱い」発言による巨人選手の反発・近鉄選手の油断というファクターがあり、これはこれで説明しやすいものがあった。ところが──である、今年の巨人がなぜ日本一となったかを理由づけして説明できるものがいるだろうか。11月号のこの欄でも書いたように、今年の巨人のペナントレース制覇までの軌跡は正に前代未聞のものであった。二位以下に10ゲーム以上の差をつけてトップを独走していたチームが、主力選手のケガや故障によるリタイヤもないのにボロボロ負けつづけ、ペナント終盤では五割ライン上をうろうろしていたチームと優勝争いをせざるを得ない状況を呼び、ついには並ばれるなどというところまで来る──なんて事は明らかにチームの強さによる優勝でなく、たまたま勢いにのって前半戦では貯金できたが、後半ではボロが出た、実際のチーム力は後半戦の戦いぶりが示している力である、ゆえに決して強くはない、だから日本シリーズで西武に勝てるわけがない、というのが常識的な判断だった。ところが、である。その常識的な判断と違った結果がなぜ出たのか。大きくわけて三つのパターンが考えられる。(1)巨人が実は強かった(2)西武が実は弱かった(3)どちらかのチームが(良くも悪くも)異常な状態だった、の三パターンである。このうち(1)はあっさり否定できる。前述の推論の最後の段、だから日本シリーズに〜のところこそ崩れたものの、その前の部分を否定する材料がまるでないからである。むしろ補強する材料ならいくらでもある。たとえばMVPやベストナイン。日本人的あいまいさでMVP・もっとも働いた選手に桑田が選ばれたが、ベストナイン、セ・リーグで最高の投手に選ばれたのは中日の山本である。なんだそりゃ。ベストナインに選ばれないMVPってなんなのだろう。桑田が投手としての働

 (2)も証明は不可能である。4チームの争いから勝ってぬけだした、誰の目にもわかる強さを見せつけられては(2)が成り立つわけはない。やはり(3)、それも西武がおかしかった、に尽きるだろう。

 先月号のこのコラムを書いた時からほぼ一ヵ月(当り前だ)、石毛・工藤という投手面の柱が抜け、佐々木や清原も来シーズン終了後のFA宣言をにおわすなど正に西武は崩壊の危機といってもおかしくない状況になってしまった。もちろん、個々の選手に個々の事情があり、ひとくくりで語る事に無理があるのは承知の上だが、金銭的な問題、年俸交渉での決裂といったファクターがあるわけではないのに、西武を脱出する(したい)選手があい次ぐのはなぜだろう。石毛や工藤の言い分は十分わかるのだが、それでもなお調整可能な、話し合いで残留の方面で解決がつく問題のようにも思える。どうしても西武の”引力”の弱さを感じてしまう。そしてそれは、日本シリーズの途中から見えはじめた西武の選手たちの無気力ぶりに考えが及んでしまうのだ。

 ここからは全て推測である。おそらく、西武の選手たちは日本シリーズ第一戦が──多分両者の力量差が明らかに正しく示されたこの試合が──終わった時点で、いいようもなく白けたのではないだろうか。巨人の弱さに、ではなく自分たちの置かれた立場に、である。そのスタイルに様々な批判があった事は事実であるが、西武の選手たちが真面目に野球に取り組み、勝つための努力を誰よりも、どのチームよりもしてきたのはだれにも否定できないだろう。ところが、その努力は正当にむくわれただろうか。勝ち続けても観客動員は明らかに下向きになり、リーグでの優勝が決まった試合でも視聴率はひとケタ。もちろん、最終戦が優勝決定戦となった中日─巨人戦とは条件が違うのでいちがいに比較は出来ないが。そして臨んだ日本シリーズで監督も選手もおそろしくレベルの低い野球をする巨人に圧倒的な人気があり、自らには支持がない事を知った時のむなしさ。言うまでもない事だがプロ野球なんてものは生産活動でなく見せ物である。
質の高い芸にそれに比例した支持がともなわないとしたら、何に意義を見出せばいいのだろう。前回の西武と巨人の日本シリーズで西武は、史上最低の日本シリーズといわれるほどの力量の差を見せつけて圧勝した。当時の主力選手だった岡崎に”野球観が変わった”と言わせるほどの。そして今年。それよりなお開いた力量差に対し、追いつくどころか逆により引き離された人気。この現実に気が付いた時に、主力選手たちが西武にとどまり、西武の野球を続ける事に少しずつ興味を失っていったのではないだろうか。先月書いた繰りかえされたバンドの失敗や失策はこの文脈でしか捉える事は出来ない。そして、この流れ以外には西武崩壊は説明がつかないのだ。

 更に大胆な推測をつけ加えさせてもらうなら、選手たちの脳裏に”ひょっとしたら森監督はいずれ巨人に行くのでは…”という疑念がきざしたのではないか、と思うのだがこれは書き置くだけにする。それよりも気になるのは、今回の西武の敗戦によってプロ野球の質がまた低くなるのではないか、という事である。これは次号以降にまたテーマを立てて論ずるつもりであるが。

 岡崎選手の今の野球観はどうなっているか──筆者がいま一番知りたい事である。                             (終)

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