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1994年9月号
written by 来素果森

いわゆる”危険球問題”を考える(3)

 さて、二回にわたって5月11日のヤクルト─巨人戦での危険球騒動について取り上げてきた訳だが、だいたいの”事実と真実”は理解してもらえたと思う。そしてこれは実はプロ野球関係者(選手・評論家・スポーツマスコミを含む)から見ると共通の見解と言ってもいいほど常識的なものであり、特に筆者の個人的な見方ではない。いやしくもプロ野球にかかわっているマスコミ人である限り”野村克也の目”シリーズ(朝日新聞社から単行本化)を読んでいない者はいないだろうし──内容がすぐれている事もさる事ながら、監督、それも優勝監督の代表的著作を読んでいないマスコミ人がいるとしたら、不勉強と言うよりも失格者であろう──よって当然野村が故意死球に対してどのように考えているかは知っていて、頭にぶつけさせるわけがないという事はわかっているはずであるから。ところが報道はどうだったか。それが今回のテーマである。どのように報ぜられたのだろうか。

 日本のプロ野球ジャーナリズムの代表格として(株)ベースボール・マガジン社発行の週刊ベースボールをあげる事に異議のある者はおそらくいないだろう。来年には創刊五十周年をむかえるという歴史と伝統、比較的公正と言われるその誌面づくりは業界内でも一定以上の評価を得てきているのは確かである。しかしその週刊ベースボールにすらひどい記事が載っていた。長嶋茂雄、新たなる挑戦! 第三章ジャイアンツ宣言(5)である。タイトル後段部分を見てもらうとわかるようにこの記事は連載のシリーズ物で、いつもは罪のない(もっとも事実とかけ離れているという点から考えると罪かもしれないが…この点は後述)、しかし識者が読んだら思わず赤面するような長嶋および巨人へのヨイショ記事が載せられている。長嶋ファンが自己満足のために読むページで、それにとどまっている内には問題ないのだが、危険球騒動を取りあげた5/30号の記事はあまりにもひどかった。全編デマと捏造による野村攻撃、その裏返しの長嶋弁護なのである。そこには事実に立脚した論理も、そこから導き出される公平な判断もなにもない。悪質な誹謗中傷なのである。今回はこの記事を取りあげながら、いかに報道というものが無責任かついいかげんなものであるかを考えていこうと思う。

 前述したように徹頭徹尾デタラメ記事なのでどこを、どこから取りあげればいいか迷うほどだが、一番問題なのはやはり野村が西村に、村田の頭部への死球を命じたと読者に思い込ませようとする以下のくだりであろう。少し抜き出してみる。

 長嶋茂雄自身も、その直後、あまりにもヒドイ頭部直撃弾に「目には目ですよ」の、ある意味では”報復”ともとれる発言までしてしまったが(筆者注=これを”報復”以外にとれる意味を見い出せる人は少ないだろう・笑)、これまで決して怒りを言葉で表すことはなかっただけに(筆者注=うそつけ)、一般ファンには見えない”恐怖”が巨人ベンチ全体を支配していたのかもしれない。
 こんな話が伝わってきた。
 ヤクルトのミーティングだ。
「村田はええキャッチャーになった」
「ウチが巨人に勝つには、大久保にマスクを被ってもらわにゃいかんな」
 もし、これが事実だとすれば西村の死球は意図的な村田潰しと取れなくもないやり取り。あくまでも伝え漏れた言葉であるが、恐ろしい話には違いない……。

 前半は涙ぐましいまでの長嶋弁護と、巨人ベンチをあくまで一方的に”被害者側”に規定しようとする努力で、事実を知っているものは力無く笑うしかないが、問題は後半部分。ズバリ言ってしまうと、これは全くの創作かまたは「村田をなんとかせにゃならんな」といったような発言を悪意をもってねじまげたものであろう。もちろん、これは村田のリードの進歩を認めた上で、どんな傾向の配球かを読むかとか脚によってプレッシャーをかけていくか…といった事である。そしてそれは断言してもいいが、このコラムを書いた人間にもわかっているはず。抜き出した部分の文章を読み返してもらえばわかるが、もし…以降の文章は言い訳と責任回避のオンパレード。もし〜すれば〜と取れなくもない〜あくまでも伝え漏れた言葉、などという表現は見苦しい以外のなにものでもない。飲み屋でのサラリーマンのヨタ話ならばともかく、一応プロ野球に関しては一流、と自他ともに認める雑誌が載せる記事だろうか。万が一、いや万万が一、いやいや万万万が一この野村発言が事実であり、前後の文脈(発言内容が原文ママであっても、それだけではイコール頭部への死球を命じたと解釈できないのは前述のとおり。)からも村田への頭部死球を故意に与えるように指令したというのなら、これは大スクープである。少なくとも筆者はこのコラム以外では見た事がない。特ダネ中の特ダネ、どうして週刊ベースボール編集部は雑誌として”特集”死球騒動を考える あの死球は野村が命じたものだった!殺人鬼野村を追及する”といった特集を組まなかったのだろう。理解に苦しむ----事はない。全くウソっぱちだから相手にしなかったのだ。しかしこのコラムは無署名原稿である。署名原稿(このコラムのように誰が書いたか明示されているもの)はその著者が、無署名原稿はその原稿を載せた編集部が文責を負うのは常識である。ゆえに、週刊ベースボール編集部はこのようなデッチあげ記事を掲載した事を断罪されなければなるまい。

 そしてこれ以外にも事実をねじまげての野村バッシングと長嶋ヨイショは満ちあふれているのだが、残念ながらスペースの関係で今回は割愛する。しかし、悲しくなってしまうのだが、正当な批評・批判と中傷の違いにワザと目をつぶり、読者に媚びるためなら何でも…といった極端な売らんかな主義見え見えのこの手の文章書きのプライドはどこにあるのだろう。例えばこの欄は巨人に厳しい事をよく書くが、それは全て正当な根拠を示した上で論を組みたてているつもりである。それこそ”まっとう”に。全ての論が中立公正であれなんて書生論を述べたてるつもりはないし、あるスタンスから書いた(例えば巨人ファンのための巨人ヨイショ・又はアンチ巨人のための巨人批判)ものがあっても当然だと思うが、それらにしても最低限事実に立脚した論の構成がなければ話にならない。しかし現実には今回取りあげたようなデタラメなものが世にはあふれている。読者としては、正しい事実・物事を捉えるためにも、自分の頭で考えて、より正しい判断がくだせるようにと自らトレーニングしていかねばならないだろう。何も野球に限った事ではないのだが。                        (この項おわり)

追伸 ワールドカップが終った。Jリーグはこれからが正念場である。サッカーファンもかなり目が肥えただろうから。これでレベルアップ、最低でもそのきざしがなければ先行きは暗い。 

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