いわゆる”危険球問題”を考える(1)
5月11日の神宮球場ヤクルト戦で起こった死球騒動は球界全体を揺るがす大事件へと発展した。セ・リーグは二日後の13日に緊急理事会を開き、”故意・過失を問わず頭部に死球を与えた投手は即退場”というとりあえず一年限りの時限立法を正式決定。その後20日に中日の郭投手が阪神のディアー選手に当てて”適用第一号”になるなど、新ルールの下での野球がはじまる事になった。一方パ・リーグでは26日の理事会でやはり議題となり、新しいルールこそつくられなかったものの審判および各球団の監督に危険球の(認定)運用に関してより厳しい運用をすることとする、という通達を出した。様子見、の段階だがいずれ両リーグで統一した新しいルールがつくられる事になるであろう。今回はこの事件の”事実”を中心に若干の推理をまじえながら考えていってみたい。
まずそもそものきっかけとなった西村の村田に対する死球。あれは明らかに変化球のスッポ抜け(おそらくシュート)である。西村の決めダマは外へ逃げるスライダーで、それを生かすために内角にシュート・ストレートを投げて打者を起こすのだが、その球がスッポ抜けて頭に行ってしまった…というのが真相である事は断定できる。決して、一部の巨人御用(自称)評論家が騒ぐような”故意”ではない。なぜか?西村はヤクルトの大切なローテーション投手だからである。
読者の方は驚かれるかも知れないが、投手が故意に打者の頭を狙って投げることは厳然たる事実としてある。いや、あった、と言ったほうがよいだろう。現在の十二球団の監督には見あたらないから。が、ついこの前まで某球団で監督をしていた”日本で一番たくさん投手として勝ち星をあげた人”(笑)は試合が形成不利になってくるとベンチから大声で”ぶつけたれ”と指令を出す事で有名だった。しかし、それでもその指令を出されるのは必ず二戦級の投手だった。当然である。明らかな違法行為で、まかり間違えば長期に渡る出場停止処分を受けるそのような事を主戦投手にさせる訳がないからである。西村がヤクルトでどのような位置にいる投手か考えれば、例え野村が金田であっても(あっ、言っちゃった)その様な事をさせる訳がないのが理解出来るだろう。
また、野村は例え自軍の投手が二線級であっても”ぶつけろ”という指示を出すタイプではない。昭和五十七年から6年に渡って週刊朝日に連載されたコラム”野村克也の目”シリーズはその抜群の内容によりプロ野球マニアにとってバイブルに等しい本であるが、そこで彼は”危険球”に対する彼の考えを何回も披露している。すこし長いが引用してみよう。
ヘルメットのない時代、頭にデッドボールを受けたのがもとで、視神経を侵され、あるいは、ピッチャーの投げるボールがどうにも恐ろしくなり、打席に立てなくなってグラウンドを去った選手を、何人も見た。…私も、頭にぶつけられたことがある。…耳から血が流れ、鼓膜が破れかかった…ヘルメットをかぶるようになり、場数も踏んだが、それでもピッチャーの快速球が頭の近くを通りすぎる時の、一瞬身が凍りつくような感覚は、ついに追い払うことが出来なかった。…意識して打者に当てようとするのは、断じて許すわけにはいかない。しかし、ピッチャーとバッターの食うか食われるかの勝負では、ピッチャーは胸元すれすれに遠慮なく投げてくる。うっかりするとぶつけられる、とバッターに思わせるか、ピッチャーが「当たったらそのときだ。頭を下げればすむことだ」と思い切れるか、それが第一歩である。この思い切りは、プロ野球以外の人には、なんと野蛮な、と聞こえるだろう。しかし、プロの投手にとってそれは蛮勇ではなく、絶対に欠かせない勇気なのだ。…お断りしておくが、私は「デッドボールの勧め」を説いているのではない。そうではなく、胸元ぎりぎりをえぐれるコントロールをつけろ、…と注文しているだけである。
というのが野村の考えである。これは決して彼だけの考え方ではない。元中日のエースで後に監督の星野仙一は相手を脅かし、なおかつぶつけない為に「胸元を攻めるボールは、外角低めと同じくらい練習した」と発言しているし、長嶋すら頭はいかん、と断った上で「際どい攻めに闘争心を鼓舞することも必要です。…みんなどこを”攻め”たらいいか知っていますよ…。」と発言している。つまり、故意に頭にぶつける事は論外としてもおよそ一流の選手なら投手だろうと打者だろうと”きびしい内角攻め、ブラッシング(打者のひげをそるような胸元をつく投球)ボールは常識、というコンセンサスがあるといっていいい。という事で西村が村田に投じた一球は、故意でない事は明らかなのだから、すくなくとも道義的な面で責められるべきは技術の未熟により死球を与えてしまった、いわば過失行為に対する面である事は以上の点から明白である。この点をしっかり認識しておかないと真実はつかめない。もっとも、”あの死球は故意だ”とまだ考えている人がいるかも知れないので、もう一つ説明をつけ加えておこう。そもそもの遺恨の発端となったともいえる、去年の出来事。古田への、大久保への死球で両チームがエキサイトしてる最中に、巨人はファームから岡田投手を一軍登録した。プロ8年目で通算三勝三敗のまあおせじにも一流とは言えない選手である。一軍昇格、という事でインタビューを受けたのだが、この時の話が面白い。記者陣の”なぜこの時期に昇格したのかな?ヤクルトの死球責めに対する報復要員じゃないの”という無遠慮な質問に正直な人なんだろう。「はい、自分の役割はわかってるつもりです」とはっきり答えていた。あきれるほどそのままの答えである。これには首脳陣もビックリしたのだろう。すぐまたファームにもどされ、この年岡田投手はイースタンリーグ新記録となる23セーブポイントをあげながら、一軍では一試合しか登板させられなかった。彼には気の毒であるが、首脳陣が故意死球を投げさせるような投手はどんな投手か…が明らかになる格好のエピソードと言ってもよいだろう。ゆえに、西村に故意死球を命じるワケはないのである。(この項つづく)
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