とりかえしのつかないFAと新ドラフト(3)
前号・前々号で今回のFA及びドラフト改革がいかに愚かしい、プロ野球の存亡すらあやしくするような改悪であったと書いた。振り返りつつまとめてみると、(1)ドラフト一・二位の選手の契約金が急騰、さらにFA対策(引き止め及びFA宣言選手の獲得)で莫大な支出が必要となった。(2)そのため球団はドラフトで指名選手数をへらしたり、一流の技を持つベテラン選手でも年俸に見合う働きがないとあっさり首を切る事によって全体の支出を抑えるようになった。(3)結果、それぞれのチームで内部競争や新陳代謝が起こらず、全体のレベルダウンが確実になった…という事である。実力がない者がプロの世界を去るのは当然。だが、年俸が高くなったから、という理由で選手のクビが切られるのではそれはただ全体のレベルが下がるだけである。高木豊や屋敷や大門はチーム内で最も戦力にならない、と判断されて切られたのだろうか。そうではあるまい。具体名は挙げないが、実力も将来性もあまり期待できない、一軍入りはまずむずかしいだろうという横浜の選手を私は何本か指折り数える事ができる。それらの選手がクビにならないのは唯一”年俸が安い”という事だけ。これではとても実力の世界とは言えまい。プロ野球界お先まっくらである。では、どうすればいいか。
当面の改革としては、FAはともかく、ドラフトの改正が急務であろう。そもそも、ドラフトとは何の為にあるのか。各チームの戦力を均衡させ、ペナントレースを興味深いものにする為である。現在の規約ではあり得る事ではないが、例えばアラブの王様が球団を買収しドラフト一位に10億、二位に5億と法外な契約金を出して有望な選手を独占し、V10・15と優勝をつづけたらプロ野球は面白いだろうか。とてもそうは思えない。スタートラインがまちまちでは面白い競争など出来るわけがない。しかし、それだけでは入団したチームによって、選手の能力に対して不公平な評価(年俸)が固定されかねないので、ある程度実績を残した選手に対して移籍の自由を認めるというのがFA制度である。あくまでドラフトがあった上でのFAで、アメリカではだから選手を過去二年間の実績に応じてA・B・Cと三つのランクに分けてAランクの選手をFAによって失ったチームはその選手の新しい所属球団からドラフト一巡目の選択権を二つ、Bランクなら一つ、Cランクなら二巡目の選択権を一つ貰う事ができる。だから例えば93年の阪神で言えば、松永をダイエーに獲得されたので一巡目の指名権を二つ貰うが、石嶺をオリックスから獲得したので一巡目の指名権を二つわたし差し引きゼロ、という事である。更にこれだけにとどまらず例えばある球団がドラフト一位で指名した選手の獲得に失敗した場合、翌年のドラフト一位での指名権利が一つ貰える。91年のドラフトでエクスポスは、前年にFAでAランクの選手を三人、Bランクの選手を一人失い、さらに90年のドラフト一位に指名した選手に入団拒否されたために自らの選択権も含め、最初の一、二巡で10名の選択権を得た。ここに見られるのは、”ドラフトは戦力均衡のための手段”という確固たる思想である。当然指名順位も前年の下位球団からはじまるのは言うまでもない。
これにくらべると日本のドラフトには何の理念があるのだろう。FA制度の導入自体はまあ時代の流れでもあるし、入団したが最後やめる権利しか持ってないといわれた選手の権利の拡張、という意味も意義もあった。ところがそれに対応して改革されるべきドラフト制度が全く反対のベクトルで改悪されたのはどういうわけか。答えは簡単で、理念や道理は全くなく、ただただ読売の卑劣な恫喝で事が決まったからである。過去のこの欄でも、何回か取りあげた事だが、読売新聞社社長・ナベツネの頭の中には”日本におけるプロ野球界全体の繁栄”といった考えは皆無であり、ただただ巨人が(相対的に)強くなり、読売新聞が売れ、日本テレビの視聴率がUPすればよい、という考えしかない。ただそれがあまりにもあからさまに出てくるので、逆に何か裏があるんじゃないかと疑う人も多いようだが、人間の行動には必ず原理があり、彼の言動をどれだけトレースしてもそれ以外のものは見えてこない。本来糾弾すべき立場にいる人や機関があまりの恥知らずぶりに無視や冷笑立場をとり、日常生活において脳味噌を使用する習慣のなくなった人々の増加がこのような結果を生んだ。残念な事である。相対主義のメビウスの輪にはまり、新聞なんてどれも同じ…というわかったようなフリ、そのじつ価値判断、ひいてはコギト=エルゴスムすら失っている事を証明しているご意見ご感想をお持ちの方がこれほど多数派を占めているこの国はけっこうあぶないんじゃないだろうか。
話が少し本質のほうにそれてしまった。プロ野球全体の発展のために、短期的にはどうすればよいか、は以上の事で判るようにドラフト制度を”より公平に、平等な条件でスタートラインに立つため”の制度に改良する事である。それでは長期的には? 実はやっかいな事に、また読売ガラミの問題になってしまうのだ。TV放映権である。
V9の昔ならいざ知らず、80年代以降のトータルでの最強チームが西武である事に異論をとなえるものはいないだろう。しかし、人気はやはり巨人にかなわない。なるほど、チームの人気というのはそのチームの強弱にのみ比例するものではない。例えば仰木監督下の近鉄のようにアンチ管理野球をかかげ、ある程度ペナントレースを度外視してでも清原との勝負を演出するために野茂を西武にぶつけるーそんなチームが人気を得るならともかく、昨今の巨人の戦いぶりで面白いところがひとつでもあっただろうか。それでも、12球団で唯一マスコミが親会社である為にTV・ラジオ・新聞での露出が多く、ためだけで人気がある。フロントを整備しスカウト網をしっかり組織してドラフト下でも優れた選手を集め球場や練習場の設備投資も惜しまずチーム強化に正攻法で取り組んだ西武が人気が上がらず、強いがゆえに選手の年俸が高くなって経営が苦しくなるのでは何のためのチーム強化か? という事になってしまう。結論を急ぐと、米大リーグのように全国ネットワークの放映権はコミッショナーが持ち、放映料収入は全球団に平等に配分し、フランチャイズでのローカルTV局からの中継料は各球団に直接入る、そんな制度をつくるしかない。Jリーグがこの方式を踏襲したのは周知の通り。しかし、ますますエゴを拡張してくる読売がこれをあっさり飲むとはとうてい思えず、先行きは果てしなく遠い。しかし、これが出来なければ日本のプロ野球の将来はますます暗いだろう。 (終)
※大リーグのFA及びドラフトについての情報は「大リーグ物語」著・福島良一/講談社現代新書を参考にさせていただきました。
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