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1993年12月号
written by 来素果森

早くも長嶋巨人を総括する。その(3)。と松井。

 打順とは何か・4番とは何か…。先月の続きである。一番が一番打者であり、二番が二番打者であるチームが強いのは西武を見れば明らかであろう。今年はともかく選手の個々の能力では決してヒケをとらないようにみえた近鉄がブライアントの超人的活躍があった89年をのぞいて常に土壇場で西武に勝てなかったのは、鈴木貴・金村・村上・光山と力量的にもタイプ的にも似た選手が5〜8番に入り、5番打者が四人並ぶ打線になってしまったからである。”よし、ここでオレが…”と力むばかりに郭のスライダーで三振…という場面を何度見た事か。逆に西武は田辺が三割を打とうが首位打者を争う活躍をしようが決して下位から上げる事はなかった。"役割”が違うからである。この役割分担がしっかり出来ないチームは決してあるレベル以上は強くなれない。首位打者経験もある功打者が二番に置かれて一見豪華な打線に見えた去年までの近鉄や4〜5年前の巨人がここ一番で勝ちきれなかったのは決して偶然ではない。必然的な、構造上の問題だったのである。打線がつながる為の打順、というものがいかに大事であるかの実証例でもあった。

 打順による役割分担が大事、という事は当然に監督にとっては選手の能力と適性を見極めた上で打線をつくり、それぞれの役割をいかに果たさせるか、という事だがこの点で長嶋が最大に無能ぶりを発揮したのが先月から引いているこの項、7月9日からの対阪神三連戦の一・二戦、4番に据えたバーフィールドに代打を出した行為である。なるほどいずれの試合もそれまでの三打席バーフィールドは音無しだった。しかしクリーンナップの打者というのは大体一試合トータルで結果を出そう、と考えるものだし、不調で精神的にも滅入っていた彼にとって久々の4番は必死の場だったに違いない。ところが最終回の代打。信じられなかっただろうし納得もいかなかっただろうしプライドも大きく傷つけられただろう。バーフィールドは事実上ここで死んだ、といってもよい。あの状況で巨人が優勝戦線にくい込んでいくには彼の復活が絶対的に必要な条件だったし、何とも愚かな選択をしたものである。これは彼が外国人選手だからとか大リーグで4番を打っていたからとかいう問題ではない。阪神の岡田が一番ショックだったのは亀山を自分の代打に出された時だと言う。力の衰えがはっきりし、前年は2割4分台、その年は開幕から20試合超えても2割を切っていて打順も下がっている…そういう状況でもそうなのである。もちろんその時の阪神の首脳陣には「岡田はもう終わりだな…」という判断があったのだろう。巨人はその反対でバフィに期待してるからこそ4番に(事実二戦目も4番に持ってきている)据えたのだろうに…。今年の長嶋の采配はずいぶんひどかったが、この采配は間違いなくワースト3に入るであろう。それまでに結果を出せなかったバフィが悪い、という人もいるかも知れないがそれは違う。選手が働き易い環境をつくる事は監督の重要な仕事である。この場合は最低10試合以上は例え結果が出なくても我慢して使い、それでもダメだったらそれは監督の責任である位に考えないと、選手は結果を出そうとあせるばかりでチームにとってなんの益もなさない。今年の巨人では緒方・駒田といった実績を積んだ選手たちが軒並み不調だったが、主力として首脳陣の信頼関係が失われていた事もあながち無関係ではあるまい。シーズンを通して能力ある選手を適性に配置してその力を最大限に発揮させる事が監督の仕事なのだから、この点でも長嶋が失格であるのは否定しようがあるまい。バーフィールドは25本めの本塁打を打った試合後のインタビューで眼に涙をいっぱいためて、「25本打つ事が私の目標だった…」と嗚咽をもらしたというが、彼の追い詰められた心理状態を推測するのに補って余りあるエピソードといえるだろう。居合わせた記者は皆息をのみ、一種異様な雰囲気になったという。大金はたいて獲った元・大リーグのホームラン王のエピソードとしては寂しすぎる。

 巨人ファンにとってはまことに残念な事であろうが、来年以降も長嶋政権は続きそうだ。このままでは優勝はおぼつかない。ではどうすればいいのか、はシーズンオフへの宿題とする事にして、松井について少し触れてみよう。二軍がイースタンリーグで八連続優勝、という快記録(これについては二月号あたりで取り上げる予定)を達成しているわりには有望な若手が出てこない巨人の中で久々に出て来た大物であり、今年の新人の中でもヤクルトの伊藤は別格として高い評価が与えられる選手である。調子のいい時のどっしりした構えとフォームはとても高卒一年目とは思えないし、長距離打者としての素質は今年はもう証明されたも同然。広島の前田や阪神の新庄とともに今後のセリーグを活性化する新しい力である。一年目、という事に限っては優勝争いの中で3割30本打った清原と消化ゲームで打ちだした松井の比較は出来ないが、将来性という面では決してヒケをとらない。元木が巨人に入団してきた時に、清原二世と騒ぐマスコミを尻目に、”石渡(近鉄→巨人)と吹石(近鉄)を足して二で割ったような選手だな”と喝破した私が言うのだから間違いはない(笑)。当たってるでしょ(笑)。

 一つだけ心配なのは、近鉄の石井のような頼れる四番になるか、原のようにおマヌな四番になるかである。勝負強さ、ここ一番打って欲しい時に打つ本当の四番になれるかどうか。今は世間の注目を浴びてるので一本一本のホームランが大騒ぎされ”凄い”という印象が高いが、冷静に調べてみるとここぞ、という所では打っていない。打ち出した後半戦に限っても、得点圏打率は2割前後。素材が素材だけに経験を積めばある程度打てるようになる…だけに逆に心配なのである。そこそこの打者で終わって欲しくない。日本を代表する打者になって欲しいものである。それには特別な育成が必要な場合もある。現ヤクルト監督の野村が南海(当時)を4番兼捕手兼監督として率いていた時の話。将来の4番と目をつけていた門田を野村は新人の時からずっと3番で使っていたが、ある試合で0対0の8回裏、無死一・二塁で打順が門田にまわってきた。なんとか一点が欲しいこの場面、門田は野村にバントで送りますかと尋ねたが野村は一声「お前が返せ!」と怒鳴った。そしてお前が返せなければ俺が返す、とつけ加えた。発奮した門田はホームランを打った。これが将来の主軸を打つ打者の育成法であろう。

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