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1993年11月号
written by 来素果森

早くも長嶋巨人を総括する。その(2)

 今回は前回の続きという事で長嶋監督の能力を引き続き検証していってみよう。プロ野球の監督として能力があるかどうかは(1)本当の意味で野球を知っているかどうか。野球に限らずあらゆる勝負事やゲームには”勝利を得るためのセオリー、定石”というものがある。これをいかに体得してるかが重要であるかは論ずるまでもない。最近でも名監督と呼ばれる人でこの分野に弱い人は皆無といってよい。

 R・ホワイティングの「和をもって日本と為す」は外国人選手からみた日本の野球の主に問題点が語られていて、日本で名監督と呼ばれる人でも俎上に載せられてない者はいない。有能の代表格、元西武の広岡監督も例外でなくスティーブ・テリーといった当事の主力外国人選手に手厳しくやっつけられているが、それでも「彼ほど野球を知っている人間はいなかった。無論大リーグも含めてで」(スティーブ)という具合である。他に最近の名監督というと森・上田・古葉・野村といったあたりが挙げられると思うが、いずれも野球知識が豊富である、といった点では人後に落ちないつわ者ばかり。野球を知っている、という事は何よりも絶対外せない条件といってよいだろう。(余談だがこの「和をもって日本と為す」で長嶋監督〜もちろん第一期の監督ぶりを指してだが〜はほとんどクレージー扱いされている。日本のヨイショマスコミに歪められて取りあげられてる像と、先入観なく純粋に采配振りを観察している外国人選手の見た像のどちらが正しいかは明らかであろう。またこの本は日本の野球システム自体に込められてる不合理や非論理性に対する警句がひいては日本文化摩擦に対する警句にまでなっていて実に面白い。「下手な二塁手に守備のトックンをしたとする。その結果は〜ちょいとばかり体の丈夫な下手な二塁手が出来るということサ」とか「野球は世界で一番つらいベースボールだ」とか。野球ファン以外にも絶対のおススメの本である) 少し話がそれた。監督の条件(2)は”選手を見る眼があるかどうか”である。この、”眼”は(1)選手のレベルや調子を観る、(2)選手の隠れた素質・潜在能力を見極める、の二つがある。V9時代の川上監督はある時、前日まで2割2分台で不調だった柴田(現解説者)をいきなり王・長嶋を押しのけて4番に持って来た事があった。その試合で柴田は大活躍。決勝打の二塁打を含む四打数三安打と大暴れした。試合後の監督へのインタビューは当然この起用に集中したが、川上監督は事もなげに「試合前のバッティング練習で今日の柴田は実に理想的な型でボールをとらえていた。それは王や長嶋を上廻るものだった。だから四番にしたんだ」と語り、記者陣をうならせたものである。ちなみに翌日の試合では柴田は6番に下ろされ、安打は一本も打てなかった。この点をふたたび聞かれた川上監督はまたまた事もなげに「今日の練習ではいつもの柴田に戻ってたからな」と答えた。さすが9年間も優勝しつづけた監督、眼力おそるべしである。または南海(当事)監督時代に”選手再生工場”とまで言われた野村。ほとんど潰れかかっていた江夏を守護神として復活させたのはあまりにも有名だし、”一山いくら”で巨人からトレードされた山内新(巨人→南海→阪神)・福士(旧姓松原、巨人→南海→広島のち韓国プロ野球)らを一本立ちさせたり、以前このコラムで書いたように二軍の捕手だった飯田を一流の外野手にしたり。卓越した理論と眼力で選手の才能をみつけ引き出す能力は抜群である。だからこそ前述のようなアダ名がつけられるわけでもあるが。

 眼力、でもう一つあるのを思い出した。優秀なコーチ、スタッフを見つけだす能力である。長嶋のそれが圧倒的に欠落しているのはいまさら詳説するまでもあるまい。頭の中は”代理でもいいから巨人軍監督の座”をつかむ事しか頭にない「裏切り者」須藤ヘッドコーチやムードメーカーの役目すら果たせない中畑バッティングコーチ。巨人で唯一安定した成績を残していた駒田を潰してしまった事や、足の具合のため休み休み使わないと能力を発揮できない吉村を使いづめして結果ダメにしてしまった事に対する責任は大きい。結局今年も捕手を育成できなかった山倉バッテリーコーチに投手に技術的指導や投球術を教えてるとは思えない堀内ピッチングコーチまでを含めてチームの為にはならないものばかり。フロント主導のお仕着せコーチ陣なのかもしれないが、重要なポイントとして来季以降も問題になるのは間違いない所であろう。

 さて、本題の(1)と(2)についてであるが、格好の例がある。まだペナントのゆくえはわからなかった、7月9日からの甲子園球場での阪神-巨人3連戦である。この初戦、長嶋監督は不調の極にあったバーフィールドを4番に持ってきた。当時2割を切るような大スランプのまっただ中にあったバフィをあえて4番に据えるには当然理由があるはずで、その理由は3つほど考えられる。〔1〕前述した川上監督と同じく、それまでは不調であってもその日は調子が上がってるのが練習で確認された 〔2〕スランプは精神的なものと判断し、カツを入れる為に一種のショック療法として4番に持ってきた 〔3〕相手チーム及び先発が予想される投手との相性がよく、全体としては不調でもこのチーム相手なら4番がふさわしい、と判断した。 のどれかが一応合理的なカテゴリーの解答であるがまず〔3〕は現実にそういうデータを残していないし、2戦め以降にも4番で起用してきたので除外。〔1〕も素人眼にもバフィのバッティングが上昇気配にない事は当日のゲームで証明されたのでこれもなし(もしこれだとしたら論外)。とすると〔2〕しか残らないのだが、元々外角の変化球がまるで打てない事から来たスランプなのだからそれが解決しない限りいくらカツを入れても精神的モヤモヤは解消しないと思われる。しかし、元来大リーグのホームラン王で高いお金を積んで鳴り物入りで引っ張って来た選手、立ち直りのきっかけにでもなれば…と祈るような、なかば賭にも似た勝負に出てきたのだろう。これ自体はまあ同意は出来ないけど他のバッターも特に好調な選手がいるわけでもないし、仕方ないか…という気がするが問題はその後。次号ではこのシリーズのまとめと松井について触れてみたい。

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