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| 奥歯にものがはさまったようでない言い方
以前からくすぶっていた巨人のリーグ脱退・西武などを加えた新リーグ結成の噂は6月14日の日刊スポーツのスクープで一気に表面化した。同紙によると「巨・西・神・ダ・ヤ・中」の6球団+読売がおしつける条件に同意する2〜4球団、合計8〜10球団で1リーグを結成(ただし日ハムは巨人がドームを独占使用したいので除外)。正式発表は10月末。だそうである。他のスポーツ紙や一般紙がなぜか積極的に取り上げないのが不思議であるが、誤報でないとしたら正に世紀の大スクープ。プロ野球界そのものを揺るがす大事件である。6月号本欄で証明したように、読売巨人の狙いは決して選手の幸福や球界の発展ではなく、ただただ努力不足の結果まわってきたチームの弱体化のツケを卑劣かつ愚劣な手段で解消しようとしているもので、まともな感性及び知性理性の持ち主ならばとうてい認められないものである。本来だったら社内で誰かがブレーキをかけるものなのだろうが、黒田清の例を見るまでもなく有名な”ナベツネ恐怖独裁”の前に側近は茶坊主ばかり、数少ない良識派は沈黙を強いられる…というワケで全く救われない。読売の良識は完全に死んだ、といっても言いすぎではあるまい。もとからなかったようでもあるが。 今回の事件の焦点となっているドラフト制度とは@各チーム間の戦力を均衡化させ、ペナントレースを活性化するA新人選手に対する札束で顔をひっぱたくような、際限なき契約金の暴騰をふせぐ、という大きくわけて2つの理由から採用されている。世界にプロ野球は日本以外で3か国、アメリカ、台湾、韓国で行われているが、やり方に若干の違いはあるものの全ての国でこの制度が採用されているのはそれなりに合理的な理由と必然性があるわけである。もちろんよりましな方法があれば改革していくべきであるが、それはあくまで話し合いで解決していくべき方法である事は言うまでもあるまい。 ドラフト制度が導入される以前、新人の契約金はそれこそ青天井で上がっていった。もう20年以上前、各チームの激しい獲得競争の末南海(当時)に入団した後の監督経験者の契約金は何と当事の金で6000万円。今では都内に家も建てられないような金額だが、当事は大阪で山がふたつ買えた。これは映画化(「あなた買います」)されるほど社会問題化し、日本におけるドラフト制度導入のきかけとなった。プロとして十分活躍したものに報酬として大金が払われるならともかく、まだ海のものとも山のものともつかない者に一生遊んで暮らせるほどのお金を出す事は社会通念にてらしあわせてどうなるのか、また、そのような手段を取らなければ有望と思われる選手を獲れない現状には問題があるのではないか、という事である。この問いに対する回答は読売には用意されているのであろうか。以下はあくまで推測であるが、多分読売は契約金の上限を設定しそれを厳守する、という方針を打ち出す事によりこのような批判をそらそうとするのではないか。実はドラフト制度下において契約金上限が設定された事があったが、あっという間に有名無実化した。自由競争下でのこの種の取り決めがよりあっさりと空文化されるのは火を見るより明らかだし、もし仮にこのとり決めが遵守されるならば”契約金が同じならばスター選手に祭り上げる事が出来るウチなら収入面でも(CM等)段違いだよ”と甘く持ちかけるのも間違いない。実際、例えば原と秋山だと選手としての能力は誰もが秋山のほうが上だと思うだろうが、収入は原のほうが上であるから。もちろん、全ての選手がそのような金銭的メリットだけでチームを選ぶとは言わないし思わないが、少なくとも不公平な要因である事は間違いない。”第四の権力”といわれるマスコミの、質はともかく量では最大級の力を持つ読売。自ら自省して常に己の行動には慎重かつ謙虚であるべきなのだが、正に正反対。エゴの為に己の持つ力をせいいっぱい利用し反省どころか開き直るばかりのその行動は正に最低最悪。江川事件・桑田事件など胸の悪くなる事件の主役は常に読売だった事を思い出してみれば、今回のこの問題の真実は自ずから見えてくる。私達に出来る事は、まず彼らを軽蔑する事かもしれない。 このように書くとあたかも筆者が突出した、過激な主張をしているように思われるかもしれないが、決してそんな事はない。中立・公平で知られる週刊ベースボールのコラム「白球の視点」でも、”渡辺・読売新聞社長殿あえて名を指して、いわせてもらう”と特別ワイド版増ページで特集している(7月5日号)。そこでは「なんという愚かな企み」「自分の利益のことだけに執着し(それが利益になるとは思わないが)、プロ野球全体の繁栄に思いが及ばない人たちがいまのプロ野球界にいるのだとしたら、哀れな人たちよ、というしかない」「ジャイアンツさえよければ他はどうなっても知らぬ、というのか」…と、強烈な諌言を与えている。これは少なくともどこのチームのファンかは関係なく、プロ野球を愛する人々の共通認識である、と断じても決して言いすぎではあるまい。渡辺社長よ、頼むからやめてくれ。プロ野球は新聞の拡販の道具ではないんだ。あなたのエゴだけで引きずりまわされるのはまっぴらごめんである。選手会・各球団代表・コミッショナー・ファン等がそれぞれ対等の立場で話し合い、誰もが納得できるような解決策を出す方向で事態が収拾されて欲しいものである。 蛇足ながら、Jリーグにおいても読売のゲス振りは目立つ。日本のプロ野球が企業の宣伝媒体としての存在理由が第一義となっていて、横浜ベイスターズの例外をのぞき企業名=チーム名になっているのに対し、Jリーグは地域との密着を打ち出し、チームを支える主役はあくまで地元の人々、スポンサーの企業、あるいは企業群はあくまでサポート役…という米大リーグ式の思想で(どんなチームでもお客が来ない限りは成りたたないのだから当然である)チーム名も地域名+愛称になっているのに、ヴェルディだけはかたくなに自チームを”読売”と呼び続けている。Jリーグ事務局が再三注意を申し入れ、読売系以外のマスコミは全て”川崎”と呼んでいるのだが、これは編集権の問題、などど噴飯ものの筋違いな反論をして自社の宣伝をしている。馬鹿につける薬がないのはとても残念なことだ。 |