<バックナンバー一覧>

2003年12月号掲載
written by 桑原ナオミ

はじめては好きですか@内幸町

 物事には、全て“はじまり”というものがある。発祥、生誕、元祖、本舗、1号店……。そして。“食欲の秋だの”自分へのごほうびにだのというこじつけに等しい免罪符を手にデブが額に汗を光らせ、ババアが目をギラつかせ、大阪人がタッパー持参で食料に群がり、欲望のおもむくままに胃袋へと流し込む悪名高き行為-バイキング(食べ放題)のも、発祥の地が存在することを読者諸君はご存知であろうか。

  東京都千代田区内幸町1丁目1番地1号、帝国ホテル本館17階『インペリアルバイキング』。皇居を見下ろす由緒正しきこの地が、お世辞にも上品とは言い難いバイキングの発祥の地である。昭和33年、当時帝国ホテルの支配人であった犬丸徹三氏がコペンハーゲンに出向いた際、魚貝類や肉料理、燻製、酢漬けなど豊富に用意し、好みの料理を自由に食べる“スモーガスボード”というスカンジナビア地方の伝統料理に出会う。その豪華さとユニークさに感銘を受けた犬丸氏は、ホテル内に国内初のスモーガスボード専門店をつくり、レストランの名前は社内公募の結果『インペリアルバイキング』とした。そしていつのまにか日本ではブッフェ(食べ放題)のことをバイキングと呼ぶようになり、現在に至るという。“バイキング”という名前の由来には諸説あり、北欧のイメージと当時ヒットしていた映画から……というのが有力だが、犬丸氏が始めてスモーガスボードを食した時に宿泊したホテルの窓から近くにある“バイキング”という名のホテルが見えたから……という説も。一時期『レインボールーム』という名前に変更されるも昨年2月創業時の『インペリアルバイキング』に戻しグランドオープン、漫画家の故・手塚治虫氏がたびたび家族連れで訪れるなど著名人にも愛されたレストランである。

 で。秋も深まる某週末の夜、桑原は帝国ホテルにいた。六本木のグランドハイアットなど今時のホテルを見慣れた目には痛々しいほどに老朽化した本館ロビーを通過し、バラの生花が飾られ、天井にはシャンデリアがきらめく重厚なエレベーターで17階の『インペリアル・バイキング』へ。いかにもホテルという感じの背筋がぴんと伸びたボーイに予約を告げると、店内へと案内される。真っ赤な絨毯が敷き詰められたクラシックな店内、平均年齢52.6歳(予想)の客層……、そこは、まさに“昭和”の世界。今にも日活時代の小林旭がバックバンドを背に白いスーツに白いマイク(コード付き)で登場しそうな雰囲気だ。窓際の席に案内される。古めかしいワイン色のカーテンに縁取られた窓から見えるビル群の夜景が桑原に囁く。「もはや戦後ではない」……。テーブルの上には、既にフルコースのテーブルセッティングがなされている。さすが帝国ホテル様のレストラン、食べ放題といえど本格的である。7500円とお値段のほうも本格的だが……。早速中央のブッフェへ台へ。午後7時過ぎだというのに店内には3割ほどの客しかおらず、ブッフェ台には誰もいない。テーブルセッティングの無言の圧力に負け、大人しく冷製料理(冷たいオードブルやサラダ)から取ることに。刻んだゆで卵のトッピングが妙に家庭的な雰囲気の“インペリアルバイキング特製ポテトサラダ”にスプーンを差し入れる。と。桑原は、ポテトサラダの奥に鎮座するあるモノに目が釘付けになった。脚付きの皿に盛られたプラスティックス製の野菜たち。スーパーの青果売り場などに飾られているアレである。こんなに貧相な装飾のブッフェ台を見たのは久々だ。見ると、デザートのブッフェ台にも一目で造花とわかる南国の花たちが大量に飾られている。ますますもって濃厚になる“昭和”の香り。料理たちの美しい盛り付けを維持すべく常に注意を払い、きびきびと動くスタッフたち。さすがは帝国ホテルという感じだが、ハリボテの野菜と造花はOKなのだろうか。パンも取る。ホテル特製の手作りジャムなどは無く、パックのバターのみなのが非常に遺憾だが、フランスパンをフレンチブレッドと呼ぶあたり何やら英国っぽい。スープも取る。定番のコーンスープとオ二オンスープ。テーブルに戻り冷製料理ほぼ全種類をのせた1皿目をいただく。オニオンスープ、白身魚と野菜のムース、セロリラブとリンゴのサラダ、スモークビーフ……。どの料理も本格的でなかなか美味しいのだが、とにかく味が濃い。悪玉コレステロールとか体脂肪率とか若年性糖尿病とかが存在しなかった時代の食べ物といった感じだ。続いて温製料理へ。慇懃な態度の中年シェフが取り分けるローストビーフと蕎麦(なめこやねぎ、ワカメなどのトッピングは有無を言わさず全種類入れられた)、ほぼ全種類の温製料理をのせた2皿目。牛肉のビール煮込み銀杏添え、茄子とラビオリのグラタン、エビと青梗菜のチリソース、大変おいしゅうございます。が。やっぱり濃いい〜。後で太田胃酸だなこりゃ……。その時である。どこからか歌声が聞こえてきた。「ハッピーバースディ、トゥーユー♪」見ると、奥のテーブルにいる6人の男女(推定70歳)が、スタッフと共に誕生日を祝っている。シズラーなどではありがちな光景だが、年金受給者による年金受給者のお誕生日会、そうそう見られるものではない。デザートを取りに席を立つ。と。3〜40人ほどのスーツ姿の中年男性がどやどやと入ってきた。研修絡みの団体のようだ。一気に社食状態になる店内。肉に群がるオヤジどもを尻目にデザートのブッフェ台でがっちがちに凍ったシャーベットと格闘していると、今度は胸に旅行会社のバッチを着け妙にめかしこんだババアの団体がご到着。社食と観光が入り乱れ、数分前まで美しく盛り付けられていた料理たちは爆撃された後のようにぐちゃぐちゃ。店内に響き渡るオヤジの下世話な会話とババアどものカン高い笑い声。ああ、早めに来て良かった……。

 冷たいものは冷たく、温かいものは温かく、そして目にも美しい料理を提供するというブッフェの基本理念を忠実に守り実行しているあたりはさすが発祥の地、そこには貫禄すら漂う。しかし。“昭和”の店内で昭和初期世代に囲まれカロリー無視の濃厚な食事を堪能した桑原は、ふと不安になった。今って本当に、2003年……? 

暴走マクドナルド。<ダイニング編>

 セルフサービス店やカフェ店など新事業態が次々とコケまくるマクドナルドで、また新たな伝説が生まれた。その名は、『マクドナルドダイニング』。今年春から渋谷、池袋、赤坂見付け、目白の4店舗で展開されていた高級志向のマクドナルドである。安さ一辺倒のイメージを脱却すべく社長の肝煎りで始められたというこの店が、9月7日、何の告知も無く突如全店閉鎖してしまった。わずか5ヵ月しかこの世に存在せず、人々に殆ど(全く?)知られることなく消えて行った『マクドナルドダイニング』とはいかなる場所であったのか。

 5月初旬、仕事中30分程の空きができてしまった桑原は、時間潰しのため宮益坂下にあるマクドナルド渋谷東映プラザ店に入った。入口付近で通常の黄色ではなく赤地に白抜きのMマークが目に入ったが、取りたてて気にはしなかった。が。一歩店内に入ると、マクドナルドらしからぬミッドセンチュリー調のイスとテーブルが並んでいる。2001年宇宙の旅というかすでに旬を過ぎたこじゃれカフェというか……。店の中央にあるレジへと向かうが、なぜか妙に混んでいる。そしてレジ上のメニューパネルを見上げた桑原は、首をかしげた。クラシックテイスティ\350、ニューヨークスタイルチキン\350、オニオンリング\200、ポテトときのこのサラダ\280、シトロンケーキ\330……。ここって……、マックだよね?よく見ると、店員の制服も違うような。周囲を見渡すと、他の客もかなり戸惑っているご様子。桑原の隣に並んでいた女子高生はケータイを取り出すと、特有のデカいダミ声で話し始めた。「あ、あたしぃ〜。今日東口のマックで待ち合わせって言ったけど〜何かメニュー全然変わっててぇ、超高いのぉ〜。場所変えねぇ?」日本マクドナルドホールディングス様、日本人がマクドナルドに求めているのものは一体何なのか、よーくおわかりになりましたね〜?で。桑原がオーダーをする順番がきた。通常の2.5倍の肉を使用したというクラシックテイストが激しく気になるが、極貧ライターにとって2〜30分の時間潰しに350円は高過ぎる。「あの……、通常のメニューは無いんですか?」「あ〜。こちらです」マックなのにスマイル無し。新形態だからか?「ダイエットコークとハンバーガーください」その時、店員のおねえちゃんの心の声が聞こえたような気がした。(この貧乏人が!)ハンバーガーは通常のものと同じだが、コークはグラスに入っていて、くし型のレモンまで付いている。ちなみに220円。グラスもレモンももいらないから安くしてくれ……。奥のテーブル席に座ると、お隣に内田春菊似のおねえさんと黒ロングヘアー+サングラス+腕にみっちりタトゥーのおにいちゃんという威圧感十分のおカップルがやってきた。トレーの上には白磁の楕円形の皿の上に紙に包んでいないバーガー(クラシックテイスティ)とフレンチフライ、グラスのドリンク。と。タトゥーのおにいちゃんは、席に着いた瞬間に外見からは想像もできない弱々しい声で春菊に愚痴りはじめた。「さっきレジでさぁ、ビッグマックセット頼んだらスゲー冷たい口調で「ありません」って言われて何かよくわかんないまんまコレ買っちゃった。んだけど……。高くない……?この値段ならオレ定食屋行くよ……。」

 そして9月7日。『マクドナルドダイニング』はその短い生涯を閉じ、新たな伝説が生まれた。この名を知るごくわずかな人々によって伝説は細々と語り継がれていくことだろう。しかし。クラシックテイスティ、一体どんな味だったんだ!!

▲記事を検索
▲トップページへ